いいじゃないか、二枚舌。 -
人生のこの時期に、イギリスのような建設的な世界の良さを知る事ができてよかったなと思う。もちろん、アウトサイダーとして社会の辺境から物事を拒絶することの潔癖的快感も知っているし、チベットの高原やインドの山奥、アフリカのサバンナを旅したり、国家権力に反発する生き方も醍醐味も捨てたわけじゃないけれど、そういう反骨的な見方だけで世界を計るのはやはり卑怯な気がする。絶対悪を逆に理想化しすぎているというか、人間が小さい。
いろんな意味での両方の世界(ヽヽヽヽヽ、生と死、聖と俗、個人と集団、中国と日本等々)を行き来できる事こそが、本当の自由で、本当の解放じゃないかと思う。要するに儒教的な世界観になってしまうわけだけど、本当に縛られないというのは「世界を捨てる」ことではなくて「世界を行き来できる」ことなんじゃないか。
またまた自己正当化ですが。イギリス人が二枚舌と言われたわけだ。哲学を学んでいちばん良かったことは、物事を都合のよく見る視角をみつけられることだ。
den 06.11.2009 edit
人生のこの時期に、イギリスのような建設的な世界の良さを知る事ができてよかったなと思う。もちろん、アウトサイダーとして社会の辺境から物事を拒絶することの潔癖的快感も知っているし、チベットの高原やインドの山奥、アフリカのサバンナを旅したり、国家権力に反発する生き方も醍醐味も捨てたわけじゃないけれど、そういう反骨的な見方だけで世界を計るのはやはり卑怯な気がする。絶対悪を逆に理想化しすぎているというか、人間が小さい。
いろんな意味での両方の世界(ヽヽヽヽヽ、生と死、聖と俗、個人と集団、中国と日本等々)を行き来できる事こそが、本当の自由で、本当の解放じゃないかと思う。要するに儒教的な世界観になってしまうわけだけど、本当に縛られないというのは「世界を捨てる」ことではなくて「世界を行き来できる」ことなんじゃないか。
またまた自己正当化ですが。イギリス人が二枚舌と言われたわけだ。哲学を学んでいちばん良かったことは、物事を都合のよく見る視角をみつけられることだ。
どんどん次へ -
どんどん声を発することが大事だ。頻繁に存在をアピールすること。仕事でも社交界でも、半年も隠れていれば、消え去って忘れ去られる。内容も大事だが、こまめに人と連絡を取って、近況を報告すること。そういう細かいことの積み重ねが安心感を生む。生きているっていうのはつながっていると同義で、ひきこもりが長く続けば社会的に死んだも同然になる。
決断をして責任をとる。失敗してもいいから行動する。行動して失敗した事を責めてくる人間なんていうのは、つまらないから付き合わないほうがいい。ポジティブに、動く事、生きる事を励まし上げる人といっしょにいたい。そしてそういう"建設性"の信念を広げて、みんなが参加する雰囲気をつくりたい。
次の数ヶ月でまた人生が動く気がする。2010年が楽しみだ。
den 06.11.2009 edit
どんどん声を発することが大事だ。頻繁に存在をアピールすること。仕事でも社交界でも、半年も隠れていれば、消え去って忘れ去られる。内容も大事だが、こまめに人と連絡を取って、近況を報告すること。そういう細かいことの積み重ねが安心感を生む。生きているっていうのはつながっていると同義で、ひきこもりが長く続けば社会的に死んだも同然になる。
決断をして責任をとる。失敗してもいいから行動する。行動して失敗した事を責めてくる人間なんていうのは、つまらないから付き合わないほうがいい。ポジティブに、動く事、生きる事を励まし上げる人といっしょにいたい。そしてそういう"建設性"の信念を広げて、みんなが参加する雰囲気をつくりたい。
次の数ヶ月でまた人生が動く気がする。2010年が楽しみだ。
ロンドンに帰ってほっとする -
週末に四日間パリへ行って来た。ますます、ロンドンの方がいいなと思う。
フランス人はどこかしら偉そうだし、過去の遺産の上にあぐらをかいている。自分たちが一番文明人で優れていると思い込んでいる。ワインもカフェ文化も美術館も、なんかわざとらしい。「文化こそ最重要」と言いつつ、時代に乗り遅れている感がある。
それに比べてロンドンは、もっと多様で、リアルで、プラグマティックだ。いい物はいいし、悪い物は悪いし、でもそんなのどっちでもかまわないよね、という堂々とした雰囲気がある。雑多なものが生まれ、金が動き、選択と淘汰がどんどん進む。
観光ならパリはいいけど、住むならやっぱりロンドンだなと思う。
- Radical/minority ~ conservative/mainstream ここ数年で僕は前者から後者へシフトした。過去も懐かしいけど、未来と面と向かおう。
den 03.11.2009 edit
週末に四日間パリへ行って来た。ますます、ロンドンの方がいいなと思う。
フランス人はどこかしら偉そうだし、過去の遺産の上にあぐらをかいている。自分たちが一番文明人で優れていると思い込んでいる。ワインもカフェ文化も美術館も、なんかわざとらしい。「文化こそ最重要」と言いつつ、時代に乗り遅れている感がある。
それに比べてロンドンは、もっと多様で、リアルで、プラグマティックだ。いい物はいいし、悪い物は悪いし、でもそんなのどっちでもかまわないよね、という堂々とした雰囲気がある。雑多なものが生まれ、金が動き、選択と淘汰がどんどん進む。
観光ならパリはいいけど、住むならやっぱりロンドンだなと思う。
- Radical/minority ~ conservative/mainstream ここ数年で僕は前者から後者へシフトした。過去も懐かしいけど、未来と面と向かおう。
それでもまだ英国 -
ずいぶんつまらないことを書いたな〜と前回更新してすぐに後悔したが、まあそれはそれでいいので放っておいた。
最近、ますます他人の評価が気にならなくなっている。というか、気になる他人がますます限られてきている。ほとんどの場合は、自分自身のクライテリアのほうが厳しいので、自分が本当に納得できることをだけ怠らずにやっていれば、特に問題はないだろうと思う。
PCFCの北京事務所を無事に立ち上げて、僕の役割は一段落した。これからはチームワークになる分、他のことにも集中力を向かれるようになる。
本当にあと5年もイギリスにいるのが正しいのかわからなくなってきているが、逆にこの5年間をもっと有効に過ごせる「場所」があるわけでもない。問題は時間の使い方なのであって、どこにいるかは正直あまり関係のない言い訳にすぎない。
慎独、最近またこの言葉の重みを考え直している。あるべきすがたの人間とあるがままの人間・・・やはり認識できる限りのexcellenceを尽くすのが「善」だろう。そういう意味では、イギリスは常にプラグマティズムを推奨する国で、僕はこの国のそんなところが一番好きだ。懐疑や悲観に落ち入るのは簡単なことなのだ。
常に大きな夢をもち、ゲームのルールをつくり、そこに到達する戦略を立てること。この国の様々な業績をみると、人類の偉大さに励まされる。大英帝国は結果であって理由ではない。
den 28.10.2009 edit
ずいぶんつまらないことを書いたな〜と前回更新してすぐに後悔したが、まあそれはそれでいいので放っておいた。
最近、ますます他人の評価が気にならなくなっている。というか、気になる他人がますます限られてきている。ほとんどの場合は、自分自身のクライテリアのほうが厳しいので、自分が本当に納得できることをだけ怠らずにやっていれば、特に問題はないだろうと思う。
PCFCの北京事務所を無事に立ち上げて、僕の役割は一段落した。これからはチームワークになる分、他のことにも集中力を向かれるようになる。
本当にあと5年もイギリスにいるのが正しいのかわからなくなってきているが、逆にこの5年間をもっと有効に過ごせる「場所」があるわけでもない。問題は時間の使い方なのであって、どこにいるかは正直あまり関係のない言い訳にすぎない。
慎独、最近またこの言葉の重みを考え直している。あるべきすがたの人間とあるがままの人間・・・やはり認識できる限りのexcellenceを尽くすのが「善」だろう。そういう意味では、イギリスは常にプラグマティズムを推奨する国で、僕はこの国のそんなところが一番好きだ。懐疑や悲観に落ち入るのは簡単なことなのだ。
常に大きな夢をもち、ゲームのルールをつくり、そこに到達する戦略を立てること。この国の様々な業績をみると、人類の偉大さに励まされる。大英帝国は結果であって理由ではない。
キャピタルの必要性 -
死を意識しながら生きると、自分はなんと愚かしいことに時間を無駄に費やしているのだろうとつくづく思う。しかしながらそれは生の世界が延々とつづいていくを前提とした場合の話だ。「世界」が自分の死で消滅するとしたら、この瞬間をどうゆうふうに過ごすのが「意義深い」のか。世界が消滅するとしたら俗世のルールなんて愚かしくて、罪を犯してでも快楽に走るか、永遠の命(真理)を求めて旅人になるか、或いは絶望して森へ入るか死ぬかしかない(極論すれば)。
そこで金というものを考える。金、ニュートラルな権力としてしがらみのないキャッシュ。権力への意志が人間の最後にして根源なる野望だとしたら、誰にも勝るもの、足りない能力を補うもの、尽きぬ自信の源として、金は魅力的だ。金があれば、犯罪を犯すこともできる(ヽヽヽ)し、快楽も手に入るし、森にも入れるしー生年病死の絶対苦を減少させることができるのはまちがいない。
こういう考えを堕落だと責めるのは簡単だが、"come one! be honest! 僕らは聖人じゃないし、聖人がどれだけ素晴らしいのかもわからない"という声が聞こえてくる。ギラギラ生きて(でも品よく)、あっけなく死ぬ。或いは苦しんで死ぬ。それは、あらゆる間違いやトラブルを避けようとする潔癖の引きこもりよりは、まともな人間としてするべきことではないだろうか。
繰り返すが、品よくギラギラ生きる。(それをやってのけているのがDTである。)
den 15.10.2009 edit
死を意識しながら生きると、自分はなんと愚かしいことに時間を無駄に費やしているのだろうとつくづく思う。しかしながらそれは生の世界が延々とつづいていくを前提とした場合の話だ。「世界」が自分の死で消滅するとしたら、この瞬間をどうゆうふうに過ごすのが「意義深い」のか。世界が消滅するとしたら俗世のルールなんて愚かしくて、罪を犯してでも快楽に走るか、永遠の命(真理)を求めて旅人になるか、或いは絶望して森へ入るか死ぬかしかない(極論すれば)。
そこで金というものを考える。金、ニュートラルな権力としてしがらみのないキャッシュ。権力への意志が人間の最後にして根源なる野望だとしたら、誰にも勝るもの、足りない能力を補うもの、尽きぬ自信の源として、金は魅力的だ。金があれば、犯罪を犯すこともできる(ヽヽヽ)し、快楽も手に入るし、森にも入れるしー生年病死の絶対苦を減少させることができるのはまちがいない。
こういう考えを堕落だと責めるのは簡単だが、"come one! be honest! 僕らは聖人じゃないし、聖人がどれだけ素晴らしいのかもわからない"という声が聞こえてくる。ギラギラ生きて(でも品よく)、あっけなく死ぬ。或いは苦しんで死ぬ。それは、あらゆる間違いやトラブルを避けようとする潔癖の引きこもりよりは、まともな人間としてするべきことではないだろうか。
繰り返すが、品よくギラギラ生きる。(それをやってのけているのがDTである。)
香港 -
香港に来ている。街と不思議な一体感がある。巨大な生命体のなかに、血管があり、道路があり、血液がながれ、金がながれ、様々な機能(臓器)が存在しているようだ。人々は街のなかに流れ、暮らし、全体のために働いている。そこに個人の目的なんてものはまるでないようだ。稼ぎ、消費し、効率を上げる。食べて、交わって、子孫を残し、個体は死んでゆく。生きていくのはこの街だけだ。
den 12.10.2009 edit
香港に来ている。街と不思議な一体感がある。巨大な生命体のなかに、血管があり、道路があり、血液がながれ、金がながれ、様々な機能(臓器)が存在しているようだ。人々は街のなかに流れ、暮らし、全体のために働いている。そこに個人の目的なんてものはまるでないようだ。稼ぎ、消費し、効率を上げる。食べて、交わって、子孫を残し、個体は死んでゆく。生きていくのはこの街だけだ。
しがらみを避ける -
-「しがらみ」の全体像は漠然とした負の連鎖の総合体かもしれないが、複雑な一本一本の紐を解いてみると、その発端は悪意や憎悪よりも、他人の優しさとか親切心のほうが多い。したがって親切心というのは我々を俗世に縛り付ける。他人と井戸の水を分かち合いたくない者は、まず他人の好意を謝絶する術を身につけるべし。その上でより大きな善なり、真なり、現世から突き抜けた価値を目指すべきだろう。
- 話の抽象度を高く保つこと。detailに入り込まないこと
- 簡単に喜ばないこと
- 決して力をゆるめないこと
den 11.10.2009 edit
-「しがらみ」の全体像は漠然とした負の連鎖の総合体かもしれないが、複雑な一本一本の紐を解いてみると、その発端は悪意や憎悪よりも、他人の優しさとか親切心のほうが多い。したがって親切心というのは我々を俗世に縛り付ける。他人と井戸の水を分かち合いたくない者は、まず他人の好意を謝絶する術を身につけるべし。その上でより大きな善なり、真なり、現世から突き抜けた価値を目指すべきだろう。
- 話の抽象度を高く保つこと。detailに入り込まないこと
- 簡単に喜ばないこと
- 決して力をゆるめないこと