誕生日 -

みんな、ありがとう。わざわざメッセージを寄せてくれた人も、心のなかで思い出してくれた人も、或いはただ通りすがった人も。
七月六日は、僕の誕生日だ。毎年、僕は誕生日を迎えると、一年前の誕生日、二年前の誕生日、三年前……幼少時の誕生日について考える。そして、各年の誕生日たちは、一本の線によって結ばれ、独特の時間として僕の生命を貫く。線の意味は、後からしかわからない。
――そうして、いつも運命を思う。現在の立場から考えると、過去に為された数々の選択は、一種の必然的な、背後の手によって司られているように確信する。僕は、初めから自分の未来を知っていたのだ、と。
昨年の誕生日、僕はドイツを旅していた。前々日には、プラハ行きの列車のなかで不法入国者として捕まり、ドイツ国境のドレスデンまで強制送還されていた。仕方なくプラハからウィーンへ入る計画を諦め、七月六日、朝一番の列車でミュンヘンへ向かった。途中駅で、上海にいる両親へ電話をかけて無事を伝えると、激しい孤独感に襲われたのを覚えている。
一昨年の誕生日、僕は早稲田のキャンパスで、事務所と教授の研究室を駆け回っていた。英国への留学と、国連でのインターンシップを目の前にして、単位や卒業論文関連の事務を早急に済ませる必要があった。いろいろなことを同時に、かつ超然としてこなす日々に、自己陶酔していた時期だった。わけがわからないくらい忙しかったが、心は満足していた。
三年前の誕生日はよく覚えていないが、その夏は、上海でTOEFL受験の予備校に通っていた。五、六百人も学生が入る大教室で、熱狂的な新興宗教のような空気のなか、必死になって単語を覚えた。朝7時半から夕方まで行われる学校での授業とその予習・復習に加え、さらに日々200個の単語を暗記し、一年分の過去問を解かねばならなかった。将来への不安と自分を信じる気持ちが入り混じって、かすかな希望を生み出そうとしていた――。
そして今年、僕は過去を捨てた。飛びぬけた成績で大学を卒業し、まぶしい履歴書を手にしながらも、その武器を下ろしてしまった。「富」にも「貴」にも、もはや興味はない。ゴールに興味がないのに、同じ道を選ぶことはできない。したがって僕は、まったく新しい、自分自身の道を歩もうと決意した。それは、生命そのものに関わる仕事であり、誰かの価値ではなく、私の価値だ。この孤立を独立の精神へと導くために――
den 06.07.2005 edit

みんな、ありがとう。わざわざメッセージを寄せてくれた人も、心のなかで思い出してくれた人も、或いはただ通りすがった人も。
七月六日は、僕の誕生日だ。毎年、僕は誕生日を迎えると、一年前の誕生日、二年前の誕生日、三年前……幼少時の誕生日について考える。そして、各年の誕生日たちは、一本の線によって結ばれ、独特の時間として僕の生命を貫く。線の意味は、後からしかわからない。
――そうして、いつも運命を思う。現在の立場から考えると、過去に為された数々の選択は、一種の必然的な、背後の手によって司られているように確信する。僕は、初めから自分の未来を知っていたのだ、と。
昨年の誕生日、僕はドイツを旅していた。前々日には、プラハ行きの列車のなかで不法入国者として捕まり、ドイツ国境のドレスデンまで強制送還されていた。仕方なくプラハからウィーンへ入る計画を諦め、七月六日、朝一番の列車でミュンヘンへ向かった。途中駅で、上海にいる両親へ電話をかけて無事を伝えると、激しい孤独感に襲われたのを覚えている。
一昨年の誕生日、僕は早稲田のキャンパスで、事務所と教授の研究室を駆け回っていた。英国への留学と、国連でのインターンシップを目の前にして、単位や卒業論文関連の事務を早急に済ませる必要があった。いろいろなことを同時に、かつ超然としてこなす日々に、自己陶酔していた時期だった。わけがわからないくらい忙しかったが、心は満足していた。
三年前の誕生日はよく覚えていないが、その夏は、上海でTOEFL受験の予備校に通っていた。五、六百人も学生が入る大教室で、熱狂的な新興宗教のような空気のなか、必死になって単語を覚えた。朝7時半から夕方まで行われる学校での授業とその予習・復習に加え、さらに日々200個の単語を暗記し、一年分の過去問を解かねばならなかった。将来への不安と自分を信じる気持ちが入り混じって、かすかな希望を生み出そうとしていた――。
そして今年、僕は過去を捨てた。飛びぬけた成績で大学を卒業し、まぶしい履歴書を手にしながらも、その武器を下ろしてしまった。「富」にも「貴」にも、もはや興味はない。ゴールに興味がないのに、同じ道を選ぶことはできない。したがって僕は、まったく新しい、自分自身の道を歩もうと決意した。それは、生命そのものに関わる仕事であり、誰かの価値ではなく、私の価値だ。この孤立を独立の精神へと導くために――