嫌気 -
den 08.07.2005 edit
- 近代以降の西洋哲学は未だに熟していない。したがってその過程をのぞくと、われわれはそのひどく難解な競い合いに眩暈を起こし、数世紀にわたって変化を遂げてきた現代思想に追いつけない理由を自分の無能なせいだと思い込んでしまう。しかし、そういう立派な現代哲学はどんな《結論》をわれわれに残したのであろうか。キリスト教、マルクス主義、ヒューマニズム、ポストモダン……書物のなかで激しく闘う思想家らが、それぞれひとりひとりの人間として如何なる模範的な行動をとってきたのか?私はそこを問題にする。「世界がなにによってどういうふうに構築されているか」、「真理の中身は何か」――われわれがこれらの答えを知る必要は、何によって発生するのか?また、真理の会得によってわれわれが手にしたいと切望する結末とはなにか?真理はいつでも真理のままではないか?超世代的な学問の積み重ね?**学への貢献?
- 東洋で数千年ものあいだ「真理の探究」、「科学の発展」が推し進められなかったのは、東洋人が劣等だからではない。東洋の先哲はすでに見通していたのだ――人間が知るべき、かつ知りうるものは、宇宙を構築する真理ではなく、宇宙の中での人間の立場である、ということを。
- 医学でいえば、漢方医学はすべて臨床を基本をする。病をそれだけで取り上げ、病理を調べる学問や、人体を解剖し、各臓器の機能を分類する学問は、ついに発達しなかった。漢方医学では、二千年以上にわたる臨床経験を基盤として病を総合的に扱う。それは《病気を治すために病気を治す》ような現在の西洋医学ではなく、《養生のために病気を治す》という、確固たる目的をもっている医学だ。
- 近代西洋を発端とする哲学の結論がはっきりしないのは、当初からその目的が誤っているためである。(目的は破壊された、と連中は気取っているが)今や手段を目的化し、手段を問題化する以外に、西洋哲学の存在理由は失われている。同時に、社会における哲学の力も衰弱している。(科学の隆盛がその最たる例ではないか。科学は目的をもたない)
- 僕は待っている。今にバベルの塔は崩壊する。そのとき、求められる《人間としての在り方》を、旧い智慧のなかに探っている。
- 東洋で数千年ものあいだ「真理の探究」、「科学の発展」が推し進められなかったのは、東洋人が劣等だからではない。東洋の先哲はすでに見通していたのだ――人間が知るべき、かつ知りうるものは、宇宙を構築する真理ではなく、宇宙の中での人間の立場である、ということを。
- 医学でいえば、漢方医学はすべて臨床を基本をする。病をそれだけで取り上げ、病理を調べる学問や、人体を解剖し、各臓器の機能を分類する学問は、ついに発達しなかった。漢方医学では、二千年以上にわたる臨床経験を基盤として病を総合的に扱う。それは《病気を治すために病気を治す》ような現在の西洋医学ではなく、《養生のために病気を治す》という、確固たる目的をもっている医学だ。
- 近代西洋を発端とする哲学の結論がはっきりしないのは、当初からその目的が誤っているためである。(目的は破壊された、と連中は気取っているが)今や手段を目的化し、手段を問題化する以外に、西洋哲学の存在理由は失われている。同時に、社会における哲学の力も衰弱している。(科学の隆盛がその最たる例ではないか。科学は目的をもたない)
- 僕は待っている。今にバベルの塔は崩壊する。そのとき、求められる《人間としての在り方》を、旧い智慧のなかに探っている。
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