切り貼り -
den 24.10.2005 edit
「全体の中に、魔神的なものが存在している」と芸術家ゲーテは言っています。非有機的な世界はこの種の「全体」を知りません。非有機的な世界は限界というものを持たず、ただ無限にひろがろうとします。ここで言っているような意味においての「全体」という概念を持ちうるというのは、我々自身人間として、有機的な生命に所属しているからなのです。我々は有機的に思索し、有機的に感覚します。(略)「すべて偉大なものは単純である」ということは同時に、また我々が「偉大」として感じるものはすべて有機的な世界に属している、ということを意味します。
芸術家は創作することによって生きています。この「有限」な、有機的な形体の中に、「無限」な、創造的な自然を盛りこむ作品を、次から次と創作することによって。芸術家にとって必要なのは、一面においては「全体」のもつ恩寵であり、直感であり、また他の一面においては、この直感を生々とした、血のあふれた現実の中に盛りこむ、作品の現実として閉じ込めるための強靭な力でなければなりません。個々の作品の持つ芸術家の直感、むしろ現実を希求する、と言うより、彼の直感を感覚の上に表現しようと希求する真の芸術家の熱狂的な努力に対して、科学的な思索はただ限定された関心しか持ちません。なぜなら、それは個々の場合などを全然はじめから問題にしていないからで、ただ種々さまざまな個々の場合の相関的なもの、典型的な場合だけを問題にするからです。(略)
ここに決定的なことがあります。今日の音楽の生命を脅かす危険はどこに在るか、と言えば、一辺倒の、科学的思惟だけが突如として、止めどもなくふくれ上がってきて、その他のいっさいを犠牲にしてしまったということです。(フルトヴェングラー『音と言葉』)
孤独者というと、どうも世間の人々はあまり多くのものを前提にしていけない。彼らは孤独者とはどのようなものをさすのか、よくわかった顔つきをしながら、本当は何もまだわからぬのだ。彼らは第一、孤独者を見たことすらない。訳もわからずに、ただ孤独者を憎むのだ。世間の人々は孤独者を苦しめ酷使した隣人でしかなかったし、いわば孤独者を試みた隣室の「声」でしかなかったのだ。彼らはいろいろな無邪気な物を使嗾して、孤独者を苦しめた。物の騒がしい雑音は彼の言葉を押し殺してしまったし、子供たちまで大勢集まって彼をいじめとおした。孤独者は一人の青白いひ弱な子供にほかならなかったのだ。そして成長すればするほど、周囲の大人から遠ざかっていった。人々は彼を兎か何かのように、その隠れ場所から追い出した。しかも、兎と違って、彼には禁猟期さえないのだ。彼がへとへとの体で逃げてゆくと、彼のあとに残したものを大声で彼らはののしった。不潔だといって、いつまでも猜疑した。それでも知らぬ顔をして相手にならぬと、彼らはいっそうひどい迫害を加えるのだった。食べ物を奪ったり、汚い息を吐きかけたり、最後にはたった一つの大切な「貧しさ」に唾を吐きかけて、どうにも我慢のならぬものにした。疫病やみをののしるように悪声をはなち、石をとって投げつけた。一刻も早く追っ払ってしまいたかったのだ。そのような彼らの古い習慣も、考えると十分理由のあることに違いない。孤独は確かに彼らの敵だったのである。(リルケ『マルテの手記』)
芸術家は創作することによって生きています。この「有限」な、有機的な形体の中に、「無限」な、創造的な自然を盛りこむ作品を、次から次と創作することによって。芸術家にとって必要なのは、一面においては「全体」のもつ恩寵であり、直感であり、また他の一面においては、この直感を生々とした、血のあふれた現実の中に盛りこむ、作品の現実として閉じ込めるための強靭な力でなければなりません。個々の作品の持つ芸術家の直感、むしろ現実を希求する、と言うより、彼の直感を感覚の上に表現しようと希求する真の芸術家の熱狂的な努力に対して、科学的な思索はただ限定された関心しか持ちません。なぜなら、それは個々の場合などを全然はじめから問題にしていないからで、ただ種々さまざまな個々の場合の相関的なもの、典型的な場合だけを問題にするからです。(略)
ここに決定的なことがあります。今日の音楽の生命を脅かす危険はどこに在るか、と言えば、一辺倒の、科学的思惟だけが突如として、止めどもなくふくれ上がってきて、その他のいっさいを犠牲にしてしまったということです。(フルトヴェングラー『音と言葉』)
孤独者というと、どうも世間の人々はあまり多くのものを前提にしていけない。彼らは孤独者とはどのようなものをさすのか、よくわかった顔つきをしながら、本当は何もまだわからぬのだ。彼らは第一、孤独者を見たことすらない。訳もわからずに、ただ孤独者を憎むのだ。世間の人々は孤独者を苦しめ酷使した隣人でしかなかったし、いわば孤独者を試みた隣室の「声」でしかなかったのだ。彼らはいろいろな無邪気な物を使嗾して、孤独者を苦しめた。物の騒がしい雑音は彼の言葉を押し殺してしまったし、子供たちまで大勢集まって彼をいじめとおした。孤独者は一人の青白いひ弱な子供にほかならなかったのだ。そして成長すればするほど、周囲の大人から遠ざかっていった。人々は彼を兎か何かのように、その隠れ場所から追い出した。しかも、兎と違って、彼には禁猟期さえないのだ。彼がへとへとの体で逃げてゆくと、彼のあとに残したものを大声で彼らはののしった。不潔だといって、いつまでも猜疑した。それでも知らぬ顔をして相手にならぬと、彼らはいっそうひどい迫害を加えるのだった。食べ物を奪ったり、汚い息を吐きかけたり、最後にはたった一つの大切な「貧しさ」に唾を吐きかけて、どうにも我慢のならぬものにした。疫病やみをののしるように悪声をはなち、石をとって投げつけた。一刻も早く追っ払ってしまいたかったのだ。そのような彼らの古い習慣も、考えると十分理由のあることに違いない。孤独は確かに彼らの敵だったのである。(リルケ『マルテの手記』)