真理の逆襲 -
den 24.08.2006 edit
ヴェールを剥がす欲求は人間の本能である。が、この試みによって生まれる絶望もまた世界の真実であり、ここに我々はジレンマの構造を抱える。現代は、いわばこのジレンマをなかったことにしよう(ヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽ)という運動だが、これにあたり、見捨てられた真理の逆襲を僕は密かに感じている。
今日のツァラトストラ -
den 23.08.2006 edit
「聖き否定」「第一の運動」「かつて精神は神であった。やがて、そは人間となった。がいまは、まことに愚衆にまで堕した」「生命促進」「真理が仮象より価値ありというのは、道徳的偏見にすぎない」「新しい強烈な意思」
オースター -
「父は百万長者になることを生涯夢みていた。世界一の大金持ちになることを望んでいた。でも父が欲したのは金それ自体ではなく、金が意味するものだった。世間的に見た成功ということだけでなく、金とは父にとって、自分を不可触の存在にするための手段だった。金があるということの意味は、物を買えるという点にとどまるものではない。それは、自分が世界から影響されずに済むということでもあるのだ。いいかえれば、快楽ではなく、防御という意味における富。金のない子供時代を送り、ゆえに世界の気まぐれに翻弄されつづけてきた父にとって、富という概念は逃避という概念と同義になっていた。危害からの逃避、苦しみからの逃避、犠牲者の立場からの逃避。父は幸福を買おうとしていたのではない。不幸の不在を買おうとしていたのだ」『孤独の発明』
「……この暮らしは刑務所に戻ったのに少し似ていた。どうでもいい心配事に足を引っぱられたりもせず、生活は本質のみに切りつめられ、どうやって時間を過ごしたらいいか、もはや思案する必要もない。毎日が前日とほぼ同じくり返しだった。今日は昨日に似ていて、明日は今日も似るだろうし、翌週起きることは今週起きたことに溶けあうだろう。それは彼にある種の安楽をもたらした。意外性が排除され、精神はシャープになって、仕事に集中できるようになった」『リヴァイアサン』
den 22.08.2006 edit
「父は百万長者になることを生涯夢みていた。世界一の大金持ちになることを望んでいた。でも父が欲したのは金それ自体ではなく、金が意味するものだった。世間的に見た成功ということだけでなく、金とは父にとって、自分を不可触の存在にするための手段だった。金があるということの意味は、物を買えるという点にとどまるものではない。それは、自分が世界から影響されずに済むということでもあるのだ。いいかえれば、快楽ではなく、防御という意味における富。金のない子供時代を送り、ゆえに世界の気まぐれに翻弄されつづけてきた父にとって、富という概念は逃避という概念と同義になっていた。危害からの逃避、苦しみからの逃避、犠牲者の立場からの逃避。父は幸福を買おうとしていたのではない。不幸の不在を買おうとしていたのだ」『孤独の発明』
「……この暮らしは刑務所に戻ったのに少し似ていた。どうでもいい心配事に足を引っぱられたりもせず、生活は本質のみに切りつめられ、どうやって時間を過ごしたらいいか、もはや思案する必要もない。毎日が前日とほぼ同じくり返しだった。今日は昨日に似ていて、明日は今日も似るだろうし、翌週起きることは今週起きたことに溶けあうだろう。それは彼にある種の安楽をもたらした。意外性が排除され、精神はシャープになって、仕事に集中できるようになった」『リヴァイアサン』
悲しき欺瞞 -
「私は限られた時代と空間を超越することを訴え、普遍的なものへ到達に躍起になったが、それは結局現実においては自分が不利であることを誤摩化すための言い訳に他ならなかった。そもそも人間が何か思い込みをするときは決まってそこに個人的な欠陥が潜んでいるものである。自分の最も活躍し、認められやすい場を成り立たせるために、真剣にその世界観を信じ込むことが、実は苦痛から逃れる合理的な防御術なのである。しかもある程度の精神の持ち主ならばそうした能力は本能的に備えているし、或は逆に、欠陥の度合いに応じて人間は精神を複雑にする傾向があるから、図らずとも我々の世界認識にそうした問題があるはまず間違いのない事実だと考えてよい。すなわち、あらゆる人間の自己欠陥が逆さまに暴露されたものが、いわゆる「主張」というものなのである。ここまで考えると、私の言葉を発する意欲はいっきに萎えた。かくして私は沈黙し、十三年間、一切の発言を控えるに至ったのである」
den 15.08.2006 edit
「私は限られた時代と空間を超越することを訴え、普遍的なものへ到達に躍起になったが、それは結局現実においては自分が不利であることを誤摩化すための言い訳に他ならなかった。そもそも人間が何か思い込みをするときは決まってそこに個人的な欠陥が潜んでいるものである。自分の最も活躍し、認められやすい場を成り立たせるために、真剣にその世界観を信じ込むことが、実は苦痛から逃れる合理的な防御術なのである。しかもある程度の精神の持ち主ならばそうした能力は本能的に備えているし、或は逆に、欠陥の度合いに応じて人間は精神を複雑にする傾向があるから、図らずとも我々の世界認識にそうした問題があるはまず間違いのない事実だと考えてよい。すなわち、あらゆる人間の自己欠陥が逆さまに暴露されたものが、いわゆる「主張」というものなのである。ここまで考えると、私の言葉を発する意欲はいっきに萎えた。かくして私は沈黙し、十三年間、一切の発言を控えるに至ったのである」


