深淵の先 -
den 29.10.2007 edit
今日はAlban Berg Quartet のHaydn弦楽四重奏(F major)を聴いている。じつに優雅でのびのびとしている。健康な時代の音楽だ。
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個人的なことは、もう一歩突詰めれば普遍的なことになる。だから僕は社会や歴史なんて一切無視して、自分の内部世界のみに気を配っていればいい。その資格があるし、むしろその責任がある。時代や地域を超越して、単体として世界と向き合うべきだ。
と考えていた。格好つけて言えば、戦うべき対象は常に自分自身なんだ、と。個の理論は、複雑なアイデンティティの僕に都合がいい。
しかし今日恩師の著作を読んでいてふと気がついたのは、このロジックは、僕がビジネスを始めたとたんに消滅した、ということだ。当たり前のことだけれど、社会からの恩恵を受ける人間にとって、実存主義は成り立たない。一方で会社からボーナスをもらっておきながら、一方で詩なんて疚しくて書けはしない。
自由はある程度の禁欲なしに成り立たない。禁欲というのは、自然の恵みである欲の快楽そのものを拒んでいるのではなくて、欲の裏に隠された一連の束縛が怖いために行うのだ。
(話は変わるが、だから僕は僧侶が嫌いだ。彼らがうさんくさいのはそういう点である。つまり、寺にこもるのは滝に打たれるため per se ではなく、俗世の埃から逃げまとうのが本当の理由であり、フィジカルな隔離状態なしにして自己の精神を安定させられない、という決定的弱点があるのだ)
わが愛しき実存主義の時代は去ったと思われる。無意識に卒業を回避してきたが、そろそろ先に進もう。次のステップはまだ見えないけれど、とにかく深淵を飛び越えてみるしかないじゃないか・・・
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個人的なことは、もう一歩突詰めれば普遍的なことになる。だから僕は社会や歴史なんて一切無視して、自分の内部世界のみに気を配っていればいい。その資格があるし、むしろその責任がある。時代や地域を超越して、単体として世界と向き合うべきだ。
と考えていた。格好つけて言えば、戦うべき対象は常に自分自身なんだ、と。個の理論は、複雑なアイデンティティの僕に都合がいい。
しかし今日恩師の著作を読んでいてふと気がついたのは、このロジックは、僕がビジネスを始めたとたんに消滅した、ということだ。当たり前のことだけれど、社会からの恩恵を受ける人間にとって、実存主義は成り立たない。一方で会社からボーナスをもらっておきながら、一方で詩なんて疚しくて書けはしない。
自由はある程度の禁欲なしに成り立たない。禁欲というのは、自然の恵みである欲の快楽そのものを拒んでいるのではなくて、欲の裏に隠された一連の束縛が怖いために行うのだ。
(話は変わるが、だから僕は僧侶が嫌いだ。彼らがうさんくさいのはそういう点である。つまり、寺にこもるのは滝に打たれるため per se ではなく、俗世の埃から逃げまとうのが本当の理由であり、フィジカルな隔離状態なしにして自己の精神を安定させられない、という決定的弱点があるのだ)
わが愛しき実存主義の時代は去ったと思われる。無意識に卒業を回避してきたが、そろそろ先に進もう。次のステップはまだ見えないけれど、とにかく深淵を飛び越えてみるしかないじゃないか・・・