リアル・ワールド -

「人類愛は人間愛ではない。むしろ、人類愛が高じるほど、個々の人間に対する軽蔑は深まるばかりだ。強者であろうと、弱者であろうと、生身の人間は醜い。真に価値あるものは、自分と、自然と、人類文明の精華、すなわち音楽と詩、である」と昔の文学者は考えた。彼は自分の欺瞞に自覚的だった。けばけばしい商人の富を毛嫌うと同時に、彼は野暮な農民の無知を憎んでいた。
ここに限界が生じた。
新しい時代の私たちは、ひとつの新たな視点を必要とする。己の心臓に潜む「死に至る病」を克服し、暗黒の時代を乗り越える新たな視点。我らは新世界を迎える。
過去は、死の哲学とともに葬り去られなければならない。過去は記念碑で充分だ。立派な石碑に、過去の人類が到達した精華を血の文字で彫り込んでやろう。明るく、軽やかな賛美歌を歌いながら、彼らの宇宙船に乗せて見送ろう。そして孫にも曾孫にも、そのような神話がかつて存在したことを語り聞かせよう。
さて、新人類の第一歩!もはやナンセンスを葬り去った我らには、一筋の新しい光が見える。手のひらを太陽にかざせば透き通る血管、足に踏みしめる大地、思いのままの身体!我々は生きるべきだ。無限の蠅を批判するような蠅叩きになるべきでない。(特に日本民族とドイツ民族は)その狭苦しい職人気質を脱却せよ。真理は嘘の中にも存在するのだ!
数千年、数万年の過去から引き継いだ遺産は、結局現在(丶丶)生きる者の所有なのである。ごく数少ない生きている(丶丶丶丶丶)我らのなかの誰かが、管理し、指揮しているのだ。あらゆるものは現在に所属する。なぜなら我々こそが認識する主体であるのだから。オデュッセイも、ウパニシャッドも、バッハも、ウェルテルも、生ける権威者によって語り継がれ、演奏され続けているではないかーしからば、その世界の長者を一堂に集めてみればよいのだ。国連本部の会議場へ、彼らを一列に並べてみればいい。そして一人ずつ、握手を交わし、微笑み合い、名前を覚えれば、世界は君のオイスター!
なんてことはないのだ。リアル・ワールドとはそういうものだ。たった数百人の人間が、人類愛を引き継いでいるのだ。こういう人間は愛らしい。差異よりも共鳴を見出せ。僕は、リアルな人間を愛する!
den 27.02.2008 edit

「人類愛は人間愛ではない。むしろ、人類愛が高じるほど、個々の人間に対する軽蔑は深まるばかりだ。強者であろうと、弱者であろうと、生身の人間は醜い。真に価値あるものは、自分と、自然と、人類文明の精華、すなわち音楽と詩、である」と昔の文学者は考えた。彼は自分の欺瞞に自覚的だった。けばけばしい商人の富を毛嫌うと同時に、彼は野暮な農民の無知を憎んでいた。
ここに限界が生じた。
新しい時代の私たちは、ひとつの新たな視点を必要とする。己の心臓に潜む「死に至る病」を克服し、暗黒の時代を乗り越える新たな視点。我らは新世界を迎える。
過去は、死の哲学とともに葬り去られなければならない。過去は記念碑で充分だ。立派な石碑に、過去の人類が到達した精華を血の文字で彫り込んでやろう。明るく、軽やかな賛美歌を歌いながら、彼らの宇宙船に乗せて見送ろう。そして孫にも曾孫にも、そのような神話がかつて存在したことを語り聞かせよう。
さて、新人類の第一歩!もはやナンセンスを葬り去った我らには、一筋の新しい光が見える。手のひらを太陽にかざせば透き通る血管、足に踏みしめる大地、思いのままの身体!我々は生きるべきだ。無限の蠅を批判するような蠅叩きになるべきでない。(特に日本民族とドイツ民族は)その狭苦しい職人気質を脱却せよ。真理は嘘の中にも存在するのだ!
数千年、数万年の過去から引き継いだ遺産は、結局現在(丶丶)生きる者の所有なのである。ごく数少ない生きている(丶丶丶丶丶)我らのなかの誰かが、管理し、指揮しているのだ。あらゆるものは現在に所属する。なぜなら我々こそが認識する主体であるのだから。オデュッセイも、ウパニシャッドも、バッハも、ウェルテルも、生ける権威者によって語り継がれ、演奏され続けているではないかーしからば、その世界の長者を一堂に集めてみればよいのだ。国連本部の会議場へ、彼らを一列に並べてみればいい。そして一人ずつ、握手を交わし、微笑み合い、名前を覚えれば、世界は君のオイスター!
なんてことはないのだ。リアル・ワールドとはそういうものだ。たった数百人の人間が、人類愛を引き継いでいるのだ。こういう人間は愛らしい。差異よりも共鳴を見出せ。僕は、リアルな人間を愛する!
没落しゆく者 -
「孤り生きる者にとっては、友はつねに第三者である。この第三者こそは、二個の『われ』の対話が海底に沈むを防ぐべき、キルクである。ああ、すべて孤り生きる者にとっては、海底が深きに過ぎる。この故に、かれらは友に憧れ、また高く浮き上がらんと願う」
「また、なんじの愛の発作をも警戒せよ!孤独なる者は、彼に出会する者に、あまりにもはやくその手を差しのべることがある。大凡の人間には手を差しのぶるな。ただ前足のみを与えよ。しかも、この前足には猛獣の爪を潜めよ。さあれ、なんじが出会しうる最悪の敵は、ただつねになんじ自身である。洞窟に、森林に、ーなんじ自身がなんじ自身を待ち伏せている」
「もはやかれらに対して腕を挙ぐるをやめよ!かれらの数は無限である。なんじの使命は、蠅叩きとなることにあるのではない」
「同胞よ、なんじの愛をもて、またなんじの創造をもて、なんじの孤独の中に行け。時を経て後、公正はようやくなんじを追って、跛足ひきつつ跟ききたるであろう。同胞よ、なんじわが涙を得て、なんじの孤独の中に行け。自己を超えて創造せんと欲する者、かくして没落しゆく者ー、われはこの人を愛する」
den 24.02.2008 edit
「孤り生きる者にとっては、友はつねに第三者である。この第三者こそは、二個の『われ』の対話が海底に沈むを防ぐべき、キルクである。ああ、すべて孤り生きる者にとっては、海底が深きに過ぎる。この故に、かれらは友に憧れ、また高く浮き上がらんと願う」
「また、なんじの愛の発作をも警戒せよ!孤独なる者は、彼に出会する者に、あまりにもはやくその手を差しのべることがある。大凡の人間には手を差しのぶるな。ただ前足のみを与えよ。しかも、この前足には猛獣の爪を潜めよ。さあれ、なんじが出会しうる最悪の敵は、ただつねになんじ自身である。洞窟に、森林に、ーなんじ自身がなんじ自身を待ち伏せている」
「もはやかれらに対して腕を挙ぐるをやめよ!かれらの数は無限である。なんじの使命は、蠅叩きとなることにあるのではない」
「同胞よ、なんじの愛をもて、またなんじの創造をもて、なんじの孤独の中に行け。時を経て後、公正はようやくなんじを追って、跛足ひきつつ跟ききたるであろう。同胞よ、なんじわが涙を得て、なんじの孤独の中に行け。自己を超えて創造せんと欲する者、かくして没落しゆく者ー、われはこの人を愛する」
僕が実存していたあの頃 -
「われは自由を愛す。また鮮らしき大地を超えて吹く風を愛す。われは、かれらの官位と尊厳の上に眠るよりは、むしろ牝牛の皮の上に眠らんと願う」
「人生より背き去りし者の多くは、まことは愚衆より背き去ったのである。この人は、泉と、炎と、果実とを、愚衆と共に分つを潔しとしなかったのである」
「高山の絶頂の夏、―ここには冷たい泉と、幸ある静寂がある。おお、きたれ、わが友よ、きたつてこの静寂にさらに幸あらしめよ!いかんとなれば、これぞわれらの頂きであり、われらの故郷であるからだ」
den 21.02.2008 edit
「われは自由を愛す。また鮮らしき大地を超えて吹く風を愛す。われは、かれらの官位と尊厳の上に眠るよりは、むしろ牝牛の皮の上に眠らんと願う」
「人生より背き去りし者の多くは、まことは愚衆より背き去ったのである。この人は、泉と、炎と、果実とを、愚衆と共に分つを潔しとしなかったのである」
「高山の絶頂の夏、―ここには冷たい泉と、幸ある静寂がある。おお、きたれ、わが友よ、きたつてこの静寂にさらに幸あらしめよ!いかんとなれば、これぞわれらの頂きであり、われらの故郷であるからだ」
一つの人生は物足りないので -
- 禅宗や日の丸に象徴されるように、日本人はすっきりしたものが好きだ。単純に力強いもの、余計な装飾を排除したものー菊と刀。シンプリシティへの信仰は、物にとどまらず、出来事においても反映される。たとえば職人魂。一筋に何かを信じ、どんな犠牲を払ってでもその潔白さを守ることは日本人の美徳とされる。それは、逆に言えば、シンプルでないものを嫌うということだ。単一の存在の中に雑多な心、変化、異文化が含まれることは容認ならぬわけだ。
- 信じていないことも信じてしまわねば、迫真の演技はできない。「この世に絶対的な善悪がない以上、どんな人間も(金持でも貧乏でも、右翼でも左翼でも)それなりの正当性がある」という哲学的諦観を前提(主幹)として、客観的に自分の様々な引き出し(枝)を増やしていくことは、僕は有りだと思うようになった。というか、そういう複雑な生き方を、頭をフル回転させて実行している人間を目撃して、ようやく僕も自分も生きる道を見いだした、という方が的確だ。結局、僕は若かった。世界の一部になるのではなく、世界そのものになること。僕は世界を構成するひとつの原子ではなく、時とともに化学反応を起こしながら世界そのものの複雑さを自分の中に取り込んでしまおうと考えている。
den 11.02.2008 edit
- 禅宗や日の丸に象徴されるように、日本人はすっきりしたものが好きだ。単純に力強いもの、余計な装飾を排除したものー菊と刀。シンプリシティへの信仰は、物にとどまらず、出来事においても反映される。たとえば職人魂。一筋に何かを信じ、どんな犠牲を払ってでもその潔白さを守ることは日本人の美徳とされる。それは、逆に言えば、シンプルでないものを嫌うということだ。単一の存在の中に雑多な心、変化、異文化が含まれることは容認ならぬわけだ。
- 信じていないことも信じてしまわねば、迫真の演技はできない。「この世に絶対的な善悪がない以上、どんな人間も(金持でも貧乏でも、右翼でも左翼でも)それなりの正当性がある」という哲学的諦観を前提(主幹)として、客観的に自分の様々な引き出し(枝)を増やしていくことは、僕は有りだと思うようになった。というか、そういう複雑な生き方を、頭をフル回転させて実行している人間を目撃して、ようやく僕も自分も生きる道を見いだした、という方が的確だ。結局、僕は若かった。世界の一部になるのではなく、世界そのものになること。僕は世界を構成するひとつの原子ではなく、時とともに化学反応を起こしながら世界そのものの複雑さを自分の中に取り込んでしまおうと考えている。
斜め書きのメモ -
- 政治や外交の前提に『国益』を第一位に置くことはあたかも当然にみえる。しかしその『国益』の内容は、必ずしも自国が第一級の、最上等の利権確保することではない。複雑な言い方をするようだが、二流であることを『国益』と判断される場合、一流の人間は実に見事に二流になりすます。これは「能ある鷹は爪を隠す」的な、道徳上の話をしているのではなくて、純粋主義の学者様が、前提からして見誤っている点をつまり僕は指摘したいのである。
- 世界はメディアが伝えるよりか遥かに複雑に機能している。TSさんはそのことを「隠れ多極主義」と言っているが、より正確にいえば、それは「隠れ」というような陰湿な動きではないし、「多極」や「主義」というほど強固なプロパガンダでもない。誰が誰を操り、さらに裏に誰がいるかーーこんな陰謀論には、「本音」と「建前」の単純な二項対立を演出したい作者の限界が丸見えで、子どもじみている。
- 真の政治家というのは、まずその第一条件として、信じていないことをあたかも信じているかのような熱意と深さで丁寧に説明できる。しかもそれを飽きることなく、繰り返し述べることのできる性格の人間である。第二に、彼らはそのような演出としての信念の引き出しを数多く持っている。それらの引き出しは時には互いに矛盾したり、補足しあったりするが、基本的に出発点も向かう先も異なるまるっきり別個の話題だ。(本音と建前、なんていうことではなく、すべてが嘘であり、本当である。)そしてその様々な引き出し全体を包む論調(丶丶)、これが彼という人間の骨格であり、他者に見える彼の格好だ。しかし、その下に流れる血は誰にも分からない。彼自身にとっても血はほぼ無意識だ。とっくの昔に考え抜いた思想、あるいは生まれ持った本能が、個々の行動とは無関係な形で(くどいようだが、本音とか建前という比較可能な次元の発想ではなく)、別の生き物のように同じ体内に存在している。第三に、切れる政治家は、引き出しのひとつひとつが深い。巨木の枝一本一本が、並の樹木の幹よりもはるかに太いように、彼らの一挙一動は、その辺の常人の命がけの努力より重い。
- こうした諸条件を満たした人間は、必ずしも議会や政治の表舞台に立っているわけではない。立てない人、立ちたくない人を含めて考えると、その圧倒的な複雑さと情報量からして世界に「筋」があることなんて無駄な仮説に思える。(その意味で陰謀論というのは人間を愛している)
- 政治、経済、文化、環境、教育、医療、保険、すべては枝にすぎず、幹はやはり文学でしかない。
斜めに書き始めて斜めに書き終わるのはいかがなものかと思うが、意外なところに結論が導かれたので今日はここで止めにする。なんて言ったって個人的な日記なのだから・・・
den 10.02.2008 edit
- 政治や外交の前提に『国益』を第一位に置くことはあたかも当然にみえる。しかしその『国益』の内容は、必ずしも自国が第一級の、最上等の利権確保することではない。複雑な言い方をするようだが、二流であることを『国益』と判断される場合、一流の人間は実に見事に二流になりすます。これは「能ある鷹は爪を隠す」的な、道徳上の話をしているのではなくて、純粋主義の学者様が、前提からして見誤っている点をつまり僕は指摘したいのである。
- 世界はメディアが伝えるよりか遥かに複雑に機能している。TSさんはそのことを「隠れ多極主義」と言っているが、より正確にいえば、それは「隠れ」というような陰湿な動きではないし、「多極」や「主義」というほど強固なプロパガンダでもない。誰が誰を操り、さらに裏に誰がいるかーーこんな陰謀論には、「本音」と「建前」の単純な二項対立を演出したい作者の限界が丸見えで、子どもじみている。
- 真の政治家というのは、まずその第一条件として、信じていないことをあたかも信じているかのような熱意と深さで丁寧に説明できる。しかもそれを飽きることなく、繰り返し述べることのできる性格の人間である。第二に、彼らはそのような演出としての信念の引き出しを数多く持っている。それらの引き出しは時には互いに矛盾したり、補足しあったりするが、基本的に出発点も向かう先も異なるまるっきり別個の話題だ。(本音と建前、なんていうことではなく、すべてが嘘であり、本当である。)そしてその様々な引き出し全体を包む論調(丶丶)、これが彼という人間の骨格であり、他者に見える彼の格好だ。しかし、その下に流れる血は誰にも分からない。彼自身にとっても血はほぼ無意識だ。とっくの昔に考え抜いた思想、あるいは生まれ持った本能が、個々の行動とは無関係な形で(くどいようだが、本音とか建前という比較可能な次元の発想ではなく)、別の生き物のように同じ体内に存在している。第三に、切れる政治家は、引き出しのひとつひとつが深い。巨木の枝一本一本が、並の樹木の幹よりもはるかに太いように、彼らの一挙一動は、その辺の常人の命がけの努力より重い。
- こうした諸条件を満たした人間は、必ずしも議会や政治の表舞台に立っているわけではない。立てない人、立ちたくない人を含めて考えると、その圧倒的な複雑さと情報量からして世界に「筋」があることなんて無駄な仮説に思える。(その意味で陰謀論というのは人間を愛している)
- 政治、経済、文化、環境、教育、医療、保険、すべては枝にすぎず、幹はやはり文学でしかない。
斜めに書き始めて斜めに書き終わるのはいかがなものかと思うが、意外なところに結論が導かれたので今日はここで止めにする。なんて言ったって個人的な日記なのだから・・・
山脈を抜けるアタマ -
先日絵画の醍醐味について書いたが、実は絵だけではなく、要するに僕は外の世界に興味を抱くようになったのだと気がついた。尤も実存主義的な価値観からすれば、歴史もニュースも、自己の内部世界に影響を与えるただの「要素」としての意味しかない。しかし、今の僕の目には、Yahoo!がMicrosoftに飲み込まれそうなことも、ガザの再び閉じられた壁も、北京オリンピックに対する中国人の熱狂的期待も、それなりに面白くみえるのである。
その原因は、やはり人間だろう。今になって僕はようやく、誰がその事件の背後にいるのか、ということを考えるようになった。そしてその人物の容姿、キャリア、家族構成が気になる。例えばJerry Yang。Yahoo!の創立者のひとりで、現任CEO。YangはGoogleのCEOと先週末に電話会談し、数兆円規模の吸収合併について、またその実現が「インターネット」に与える影響について話し合ったという。彼は自称中国系アメリカ人(台湾生まれ)、妻は日本人の山崎アキコ、共にスタンフォード大学の京都合宿に参加し、知り合ったという。同大学には1000億円程度の寄付を約束。他にも東アジア関連の図書館や研究所に寄付活動をしてる。資産は2.2billion USD (2007)、米誌フォーブスによれば世界長者番付で432位とのことだ。
僕自身はこういう権力の「山」になることはない。なぜなら権力なんて他人のを使えばいいと思っているから。肝心なのは権力の「山脈」を抜けるアタマだ。ーーと仕事上常にそういう頭の動かし方をしているからか、今は人間の(丶丶丶)構成する社会が面白いのである。
___
日本や中国には、よく「西洋と東洋のちがい」を強調する評論があるが、これは片思いというやつだ。西洋人はまったく気にすらしていない。我々のいう「東洋」という東アジア地域を、ヨーローッパの相対事項だとすら考えていない。彼らからすれば、外の世界は多くの方向に分散しているのであり(つまり中東、中国、南米、アフリカ、オセアニア)、別に日本の一輪挿しと西洋の百の花束を、哲学的に比較することに興味はない。
しかし悲しいことに現代の我々は(非西欧人というくくり)、そういう片思いの教育を受けてきたし、現実に西欧との比較のなかで世界はなりなっているので、誰だって「西洋と東洋のちがい」なるものを意識している。僕の考える西洋と東洋のちがいは、以下のような場合に顕著に表れる。
例えばある者が家を建てようと思ったとする。西洋人の思考モデルはこうだー①どんなものがいいか(場所、広さ、デザイン)、②いくら金が必要か、③どうやって金を集める(稼ぐ、借りる、返す)か。それが、典型的な日本人ならこうなるー①いくら金があるか(貯金、ローン)、②それで何が買えるか、③どこで妥協するか(立地、広さ、築年数)。会社経営でもなんでもそうだ。同じ思考モデルが当てはまる。
一見するとこれは単純な富の格差のようにも考えられるが、僕はちがうと思っている。むしろ富の格差は結果であって原因ではない。それは“現在→未来”志向に生きるか、“現在→過去”志向に生きるか、の時間捉え方(というとまた「結局富のちがいだ」と言われそうだけど)が異なるのである。
むろん西洋的な思考をしたからといって誰もが好きなところに大きな家を建てられるという意味ではない。成功者もいれば敗北者もいる。
たが、西洋では成功した者が惜しみもなくお金を使い、夢に描いていた家や街をつくるので、結果として街全体が美しくなる。もちろん新興や没落を経てその家の持ち主は変わるが、富はこうして蓄積される。持てる金で最大の「妥協」をする日本はそうならない。結果として、街全体が妥協になる。
ポケットの金をどうやって効率的に使うか、を日本人は常に考えてきたので、安さ・便利さが社会の中心的な価値となった。それはそれでいい。西洋ではどうやってポケットにない金を使うか、が目玉となったので、金融が栄えた、というのはちょっと言いすぎだろうか。
den 04.02.2008 edit
先日絵画の醍醐味について書いたが、実は絵だけではなく、要するに僕は外の世界に興味を抱くようになったのだと気がついた。尤も実存主義的な価値観からすれば、歴史もニュースも、自己の内部世界に影響を与えるただの「要素」としての意味しかない。しかし、今の僕の目には、Yahoo!がMicrosoftに飲み込まれそうなことも、ガザの再び閉じられた壁も、北京オリンピックに対する中国人の熱狂的期待も、それなりに面白くみえるのである。
その原因は、やはり人間だろう。今になって僕はようやく、誰がその事件の背後にいるのか、ということを考えるようになった。そしてその人物の容姿、キャリア、家族構成が気になる。例えばJerry Yang。Yahoo!の創立者のひとりで、現任CEO。YangはGoogleのCEOと先週末に電話会談し、数兆円規模の吸収合併について、またその実現が「インターネット」に与える影響について話し合ったという。彼は自称中国系アメリカ人(台湾生まれ)、妻は日本人の山崎アキコ、共にスタンフォード大学の京都合宿に参加し、知り合ったという。同大学には1000億円程度の寄付を約束。他にも東アジア関連の図書館や研究所に寄付活動をしてる。資産は2.2billion USD (2007)、米誌フォーブスによれば世界長者番付で432位とのことだ。
僕自身はこういう権力の「山」になることはない。なぜなら権力なんて他人のを使えばいいと思っているから。肝心なのは権力の「山脈」を抜けるアタマだ。ーーと仕事上常にそういう頭の動かし方をしているからか、今は人間の(丶丶丶)構成する社会が面白いのである。
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日本や中国には、よく「西洋と東洋のちがい」を強調する評論があるが、これは片思いというやつだ。西洋人はまったく気にすらしていない。我々のいう「東洋」という東アジア地域を、ヨーローッパの相対事項だとすら考えていない。彼らからすれば、外の世界は多くの方向に分散しているのであり(つまり中東、中国、南米、アフリカ、オセアニア)、別に日本の一輪挿しと西洋の百の花束を、哲学的に比較することに興味はない。
しかし悲しいことに現代の我々は(非西欧人というくくり)、そういう片思いの教育を受けてきたし、現実に西欧との比較のなかで世界はなりなっているので、誰だって「西洋と東洋のちがい」なるものを意識している。僕の考える西洋と東洋のちがいは、以下のような場合に顕著に表れる。
例えばある者が家を建てようと思ったとする。西洋人の思考モデルはこうだー①どんなものがいいか(場所、広さ、デザイン)、②いくら金が必要か、③どうやって金を集める(稼ぐ、借りる、返す)か。それが、典型的な日本人ならこうなるー①いくら金があるか(貯金、ローン)、②それで何が買えるか、③どこで妥協するか(立地、広さ、築年数)。会社経営でもなんでもそうだ。同じ思考モデルが当てはまる。
一見するとこれは単純な富の格差のようにも考えられるが、僕はちがうと思っている。むしろ富の格差は結果であって原因ではない。それは“現在→未来”志向に生きるか、“現在→過去”志向に生きるか、の時間捉え方(というとまた「結局富のちがいだ」と言われそうだけど)が異なるのである。
むろん西洋的な思考をしたからといって誰もが好きなところに大きな家を建てられるという意味ではない。成功者もいれば敗北者もいる。
たが、西洋では成功した者が惜しみもなくお金を使い、夢に描いていた家や街をつくるので、結果として街全体が美しくなる。もちろん新興や没落を経てその家の持ち主は変わるが、富はこうして蓄積される。持てる金で最大の「妥協」をする日本はそうならない。結果として、街全体が妥協になる。
ポケットの金をどうやって効率的に使うか、を日本人は常に考えてきたので、安さ・便利さが社会の中心的な価値となった。それはそれでいい。西洋ではどうやってポケットにない金を使うか、が目玉となったので、金融が栄えた、というのはちょっと言いすぎだろうか。
僕の土曜日 -
ナショナル・ギャラリーへ出かけた。空気は冷たいけれど、きれいに晴れた土曜日の朝だった。文字通りテムズ河沿いの"Embankment"駅を降り、久しぶりにカフェ・ラテを飲みながらトラファルガー広場までの道をゆっくりと歩いてみた。
ナショナル・ギャラリーは言うまでもなく西洋画の美術館だ。ヨーロッパの近代500年の美術を、神話、宗教、英雄、風景、民衆の生活、印象派などの分類のもと、それぞれのテーマを代表する作品を展示している。とにかく巨大な建物で、一枚の絵を10秒観るだけでも24時間以上はかかる。以前にも観光や友人の付き添いで何度か来たことがあるが、正直に言って、まったく面白いと思わなかった。ただ早足で「観た」というスタンプ・ラリーを心のなかで押している回るだけだった。
それが今では(信じてもらえないかもしれないが)心底興味深いと感じている。絵を観ることに娯楽を感じる。週末のプライベートの時間を使ってでも参観に行きたいほどなのだ。ただ苦いとしか思わなかったビールの味を覚えるように・・・絵画の醍醐味に目覚めてしまった。
それでも信じてもらえない友のために、ここでいくつか例を出そう。なぜ絵は面白いか。

一枚目はこれ。
"The Battle of San Romano" UCCELLO, Paolo
『サンロマーノの戦い』パオロ・ウッチェロ
製作年推定1438年-40年 181.6 x 320 cm
この美しく構成された画は、1432年伊フロレンスとシエナのあいだで起きた戦争を描写している。(ちなみにGoogle地図で確認すると、ここ)
で、なにが面白いかというと、そのディテールだ。
まずは画面奥、上の方でなにやら重たそうなものを運んでいる彼。

彼の手の中にあるのは、船の錨のような武器で、鉄仮面の騎士の鎧を貫く有力な手段として、当時真剣に活用されていたらしい。
また、画面中央のナイトは、頭の上にデッカい鉄と黒い羽の飾りをつけているのがわかるだろうか。(クリックすると大きくなる)

厳密に言うと、この飾りは作者の誇張で、戦場でこんな邪魔なものをつける人はいなかったらしい。専ら儀式用で、誰が誰だかいったん兜をかぶってしまうとわからないので、必然的に皆オリジナルの飾りを作ったということだ。これはまるで日本の戦国時代の武将と同じではないか。武田信玄とか上杉謙信とか、彼らがおかしな鎧を身につけていたのにはわけがあったんですね(誰が誰だかわからなくなるから)。でも、例えば強者は鎧だけでオーラを出していたんだろうなあ、などと妄想・・・。
それから白馬の後ろ、茶色の馬にまたがっている坊ちゃん。(クリックで拡大。このあどけない表情!)

これは当時「見習い」の子どもで、戦争に参加はしないけれど、主人の騎士(すなわち前述の黒い羽の彼)をサポートする役だったらしい。食事とか、矢の補充とか。ゆるいですね〜
その一方で馬に踏みつけられて死んでいる戦士。奥の方で逃げていく騎士(馬のお尻の飾りがちがう)。ウェブでは確認できないけれど、その道ばたで咲いている花。当時流行していた馬具(さすがイタリア)は、実は狩猟用で、戦争でこんな無防備なわけがない、とか、無限の情報がつまっているわけです。

二枚目は有名なレンブラント作『アンナと盲人トビト』
"Anna and the Blind Tobit" REMBRANDT
製作年推定1630年 63.8 x 47.7 cm
以下のような説明書きがついているわけです。
"The story of Anna, her husband Tobit and their son Tobias is told in the apocryphal Book of Tobit. God tested them by reducing them to poverty and causing Tobit's blindness. In the 17th century they were considered to be examples of piety in adversity."
下線部訳:彼ら(夫婦)を貧困に突き落とし、トビトを盲目を引き起こすことで、神は彼らの信仰を試したのです。
盲人となったトビトとその妻のアンが、貧しい部屋で静かに祈りをささげているというわけだ。
うーん。すごい。宗教はシンプルで強度の高い結論を与えてくれる。確かにこういう説明なら、人は盲目になろうと、手足がちぎれようと、黙って耐えて生きられるだろう。そしてこの画の光と闇をみたまえ。老夫婦の落ち着きをみたまえ。その横で静かに燃える炎。逆に現代社会は、我々にどんな説明を与えてくれるだろうか?インドでは輪廻転生がすべてを説明してくれる。ここに道徳が生まれ、社会秩序が定まる。しかし、自由という旗のもと、科学の突っ走る道ではわれわれはあまりに無防備だ。「信じるものは救われる」とは、こういうことだったのか。しかし、一度自由を味わったものが、信仰にもどれるだろうか?・・・云々

三枚目は、“The Execution of Lady Jane Grey”
ポール・ドラローシュ作『レディ・ジェーン・グレイの処刑』だ。
DELAROCHE, Paul 製作年1833年
ナショナル・ギャラリーの解説をそのままコピーしよう。
***
Lady Jane Grey was Queen of England for just 9 days until she was driven from the throne and sent to the Tower of London to be executed.
Jane became queen after the death of her cousin, Edward VI in 1553. As a Protestant, Jane was crowned queen in a bid to shore up Protestantism and keep Catholic influence at bay.
The plan didn't work. Jane's claim to the crown was much weaker than Edward VI's half-sister Mary. Mary, a Catholic, had popular support and soon replaced Jane as queen. Lady Jane Grey was executed at Tower Green on 12 February 1554. She was just 17 years old.
In this painting, she is guided towards the execution block by Sir John Brydges, Lieutenant of the Tower. The straw on which the block rests was intended to soak up the victim's blood. The executioner stands impassive to the right and two ladies in attendance are shown grieving to the left.
The painting was exhibited in Paris at the city's famous Salon in 1834, where it caused a sensation.
Oil on canvas
246 x 297 cm.
***

16歳で王族の彼女の白い肌、赤い唇、シルクのドレスの生々しい描写が、これから首を切り落とされるという悲惨な場面と強烈なコントラストを為している。血を吸収させるため処刑台の下には藁が敷かれている。背後の女性は失神している。黒いローブをまとった監督官は、彼女の耳元に何をささやいているのだろうか。死を目の前にした人間に、僕ならなんと言うだろうか。この画はパリのサロンに展示され、物議を醸した。王室、宗教、人民政府、こういう要素は、僕の雇用主にも大いに関わる・・・。
____
ーそういうわけで、まったく想像力が逞しくなる経験である。ヨネマル君にも自国古来の肖像画、巻物などを鑑賞することをお勧めしたい。
今日の僕は機嫌がいいのでそこで終わらない。午後は、Bourough Marketというロンドン塔近くの有機食品市場に行ってきた。英国現地の新鮮なオーガニック野菜からフランスのサラミ、イタリアのチーズ、ドイツの堅いパン、地中海の魚類、アフリカのフルーツ、スペインのワインなどが一堂に集まっている。週末なので多くの人で賑わっていた。僕の目の前で幸せそうにキスをするカップル、いかにも真面目そうなイギリス人のおじさん、エプロン姿でiPodを聴きながら商売する八百屋のお兄さん、おそらく東欧から来たのだろう場違いに美しい金髪に青い目の売り子さん、カウンターのなかで冗談を言い合うイタリア人の男たち、ピエロの帽子をかぶってうろつく物乞い、米語で声の大きいアメリカ人観光客、大きなバスケットをもった地元のおばさん、などなど。
そして、この市場ではみんなが実にいろんなものを手に食べ歩きをしている。定番のホットワインや野菜スープもあれば、お決まりのトマトにかじりつく人、ブルー・チーズをつまむひと、チョコレートやケーキを試す人、ホタテにレモンをしぼっている人、ビーフバーガーをほおばる人・・・ああ、幸せだ、とみな言っている。

僕も20分ほど列に並び、炭火焼ソーセージとパプリカの漬け物、新鮮なルッコラが入ったサンドイッチを頼む。豚肉の汁がパンに染みて非常に旨い。その後オイスターバーへ。ワイト島原産の生牡蠣を半ダース注文して、グラス・シャンパンを飲みながら食す。濃い海の匂いがした。
本日の出費
"Embankment"で飲んだカフェ・ラテ 1.8ポンド
炭火焼ソーセージのサンドイッチ 2.85ポンド
ロンドン屈指のオイスター・バーで食べた生牡蠣 18ポンド
僕の土曜日 Priceless!
![carlingford[ekm]237x180[ekm]](http://blog-imgs-29-origin.fc2.com/f/e/i/fei/20080203053604.jpg)
冗談です。笑
den 03.02.2008 edit
ナショナル・ギャラリーへ出かけた。空気は冷たいけれど、きれいに晴れた土曜日の朝だった。文字通りテムズ河沿いの"Embankment"駅を降り、久しぶりにカフェ・ラテを飲みながらトラファルガー広場までの道をゆっくりと歩いてみた。
ナショナル・ギャラリーは言うまでもなく西洋画の美術館だ。ヨーロッパの近代500年の美術を、神話、宗教、英雄、風景、民衆の生活、印象派などの分類のもと、それぞれのテーマを代表する作品を展示している。とにかく巨大な建物で、一枚の絵を10秒観るだけでも24時間以上はかかる。以前にも観光や友人の付き添いで何度か来たことがあるが、正直に言って、まったく面白いと思わなかった。ただ早足で「観た」というスタンプ・ラリーを心のなかで押している回るだけだった。
それが今では(信じてもらえないかもしれないが)心底興味深いと感じている。絵を観ることに娯楽を感じる。週末のプライベートの時間を使ってでも参観に行きたいほどなのだ。ただ苦いとしか思わなかったビールの味を覚えるように・・・絵画の醍醐味に目覚めてしまった。
それでも信じてもらえない友のために、ここでいくつか例を出そう。なぜ絵は面白いか。

一枚目はこれ。
"The Battle of San Romano" UCCELLO, Paolo
『サンロマーノの戦い』パオロ・ウッチェロ
製作年推定1438年-40年 181.6 x 320 cm
この美しく構成された画は、1432年伊フロレンスとシエナのあいだで起きた戦争を描写している。(ちなみにGoogle地図で確認すると、ここ)
で、なにが面白いかというと、そのディテールだ。
まずは画面奥、上の方でなにやら重たそうなものを運んでいる彼。

彼の手の中にあるのは、船の錨のような武器で、鉄仮面の騎士の鎧を貫く有力な手段として、当時真剣に活用されていたらしい。
また、画面中央のナイトは、頭の上にデッカい鉄と黒い羽の飾りをつけているのがわかるだろうか。(クリックすると大きくなる)

厳密に言うと、この飾りは作者の誇張で、戦場でこんな邪魔なものをつける人はいなかったらしい。専ら儀式用で、誰が誰だかいったん兜をかぶってしまうとわからないので、必然的に皆オリジナルの飾りを作ったということだ。これはまるで日本の戦国時代の武将と同じではないか。武田信玄とか上杉謙信とか、彼らがおかしな鎧を身につけていたのにはわけがあったんですね(誰が誰だかわからなくなるから)。でも、例えば強者は鎧だけでオーラを出していたんだろうなあ、などと妄想・・・。
それから白馬の後ろ、茶色の馬にまたがっている坊ちゃん。(クリックで拡大。このあどけない表情!)

これは当時「見習い」の子どもで、戦争に参加はしないけれど、主人の騎士(すなわち前述の黒い羽の彼)をサポートする役だったらしい。食事とか、矢の補充とか。ゆるいですね〜
その一方で馬に踏みつけられて死んでいる戦士。奥の方で逃げていく騎士(馬のお尻の飾りがちがう)。ウェブでは確認できないけれど、その道ばたで咲いている花。当時流行していた馬具(さすがイタリア)は、実は狩猟用で、戦争でこんな無防備なわけがない、とか、無限の情報がつまっているわけです。

二枚目は有名なレンブラント作『アンナと盲人トビト』
"Anna and the Blind Tobit" REMBRANDT
製作年推定1630年 63.8 x 47.7 cm
以下のような説明書きがついているわけです。
"The story of Anna, her husband Tobit and their son Tobias is told in the apocryphal Book of Tobit. God tested them by reducing them to poverty and causing Tobit's blindness. In the 17th century they were considered to be examples of piety in adversity."
下線部訳:彼ら(夫婦)を貧困に突き落とし、トビトを盲目を引き起こすことで、神は彼らの信仰を試したのです。
盲人となったトビトとその妻のアンが、貧しい部屋で静かに祈りをささげているというわけだ。
うーん。すごい。宗教はシンプルで強度の高い結論を与えてくれる。確かにこういう説明なら、人は盲目になろうと、手足がちぎれようと、黙って耐えて生きられるだろう。そしてこの画の光と闇をみたまえ。老夫婦の落ち着きをみたまえ。その横で静かに燃える炎。逆に現代社会は、我々にどんな説明を与えてくれるだろうか?インドでは輪廻転生がすべてを説明してくれる。ここに道徳が生まれ、社会秩序が定まる。しかし、自由という旗のもと、科学の突っ走る道ではわれわれはあまりに無防備だ。「信じるものは救われる」とは、こういうことだったのか。しかし、一度自由を味わったものが、信仰にもどれるだろうか?・・・云々

三枚目は、“The Execution of Lady Jane Grey”
ポール・ドラローシュ作『レディ・ジェーン・グレイの処刑』だ。
DELAROCHE, Paul 製作年1833年
ナショナル・ギャラリーの解説をそのままコピーしよう。
***
Lady Jane Grey was Queen of England for just 9 days until she was driven from the throne and sent to the Tower of London to be executed.
Jane became queen after the death of her cousin, Edward VI in 1553. As a Protestant, Jane was crowned queen in a bid to shore up Protestantism and keep Catholic influence at bay.
The plan didn't work. Jane's claim to the crown was much weaker than Edward VI's half-sister Mary. Mary, a Catholic, had popular support and soon replaced Jane as queen. Lady Jane Grey was executed at Tower Green on 12 February 1554. She was just 17 years old.
In this painting, she is guided towards the execution block by Sir John Brydges, Lieutenant of the Tower. The straw on which the block rests was intended to soak up the victim's blood. The executioner stands impassive to the right and two ladies in attendance are shown grieving to the left.
The painting was exhibited in Paris at the city's famous Salon in 1834, where it caused a sensation.
Oil on canvas
246 x 297 cm.
***

16歳で王族の彼女の白い肌、赤い唇、シルクのドレスの生々しい描写が、これから首を切り落とされるという悲惨な場面と強烈なコントラストを為している。血を吸収させるため処刑台の下には藁が敷かれている。背後の女性は失神している。黒いローブをまとった監督官は、彼女の耳元に何をささやいているのだろうか。死を目の前にした人間に、僕ならなんと言うだろうか。この画はパリのサロンに展示され、物議を醸した。王室、宗教、人民政府、こういう要素は、僕の雇用主にも大いに関わる・・・。
____
ーそういうわけで、まったく想像力が逞しくなる経験である。ヨネマル君にも自国古来の肖像画、巻物などを鑑賞することをお勧めしたい。
今日の僕は機嫌がいいのでそこで終わらない。午後は、Bourough Marketというロンドン塔近くの有機食品市場に行ってきた。英国現地の新鮮なオーガニック野菜からフランスのサラミ、イタリアのチーズ、ドイツの堅いパン、地中海の魚類、アフリカのフルーツ、スペインのワインなどが一堂に集まっている。週末なので多くの人で賑わっていた。僕の目の前で幸せそうにキスをするカップル、いかにも真面目そうなイギリス人のおじさん、エプロン姿でiPodを聴きながら商売する八百屋のお兄さん、おそらく東欧から来たのだろう場違いに美しい金髪に青い目の売り子さん、カウンターのなかで冗談を言い合うイタリア人の男たち、ピエロの帽子をかぶってうろつく物乞い、米語で声の大きいアメリカ人観光客、大きなバスケットをもった地元のおばさん、などなど。
そして、この市場ではみんなが実にいろんなものを手に食べ歩きをしている。定番のホットワインや野菜スープもあれば、お決まりのトマトにかじりつく人、ブルー・チーズをつまむひと、チョコレートやケーキを試す人、ホタテにレモンをしぼっている人、ビーフバーガーをほおばる人・・・ああ、幸せだ、とみな言っている。

僕も20分ほど列に並び、炭火焼ソーセージとパプリカの漬け物、新鮮なルッコラが入ったサンドイッチを頼む。豚肉の汁がパンに染みて非常に旨い。その後オイスターバーへ。ワイト島原産の生牡蠣を半ダース注文して、グラス・シャンパンを飲みながら食す。濃い海の匂いがした。
本日の出費
"Embankment"で飲んだカフェ・ラテ 1.8ポンド
炭火焼ソーセージのサンドイッチ 2.85ポンド
ロンドン屈指のオイスター・バーで食べた生牡蠣 18ポンド
僕の土曜日 Priceless!
![carlingford[ekm]237x180[ekm]](http://blog-imgs-29-origin.fc2.com/f/e/i/fei/20080203053604.jpg)
冗談です。笑
この一週間で経験したこと -
ここ一週間、いわゆるHigh Politicsに関わってきた。この場で詳細は述べられないけれど、中英関係の核心を非常に直接的なかたちで動かす仕事だ。4ヶ月後には世界のニュースにのぼるだろう。そのときに、僕の仕事が失敗だったか成功だったか、このブログを読んでくれるみなさんには判断してほしい。
"The most important thing is for each side to respect each other's difference of opinion and at the same time engage each other on matters of agreement. It is not one against the other. It is some for some, whilst one or two others can just rest!" Sir David Tang
僕は世界をいつも物足りないと感じてきたが、今回は渾身の力を振り絞って問題と格闘した(その証拠に原因不明の熱を出した)。分析力、判断力、行動力、そして速度、覚悟、勇気のどれを欠いてもならないミッションだった。
この経験を通じて学んだことを記しておこう。
1. 白・黒以外のグレー、それも様々の種類のグレーを見つけ出すこと。最低限相手が受け入れ可能な退路を考える。単に自己主張をして相手に「死ね」という類いの交渉は無駄である。
2. Worst, worse, fine, good, better, bestのなかで、worstとworseしか選択肢がない場合は、迷わずworseに決めること。ケチなプライドを捨てることで、結論かスタイルのどちらかを一流に保てればそれはそれで良い。
3. 自爆テロは人生に一度しかできない。自らの原則を100%突き通す革命的チャレンジは、人生を終えるときに一度だけすればいい。通常業務のなかで社会を変えるには、粘り強く、柔軟に、自己犠牲をコンスタントにせねばならい。それでも磨り減らない忍耐力と回復力、すなわち強靭な精神力を身につけること。
4. 常にユーモアを忘れないこと。物事は頂点であろうと底辺であろうと、人と人の関係で動く。大きな声で、ゆっくり、明るく、自分の意見を述べること。
5. 前にも書いたが、"Never Hide"。人との対面を怖がったり、恥ずかしがったりする自分の気持ち(弱さ)をきちんと受け止め、立派な骨太の決断を下すこと。この世で恐れるべきものなんてない。
ふう。明日は部屋を掃除して、お皿を洗って、洗濯物を干そう。平常心で一息つこう。僕は大きくも小さくもない。僕は僕自身で存在する。
den 02.02.2008 edit
ここ一週間、いわゆるHigh Politicsに関わってきた。この場で詳細は述べられないけれど、中英関係の核心を非常に直接的なかたちで動かす仕事だ。4ヶ月後には世界のニュースにのぼるだろう。そのときに、僕の仕事が失敗だったか成功だったか、このブログを読んでくれるみなさんには判断してほしい。
"The most important thing is for each side to respect each other's difference of opinion and at the same time engage each other on matters of agreement. It is not one against the other. It is some for some, whilst one or two others can just rest!" Sir David Tang
僕は世界をいつも物足りないと感じてきたが、今回は渾身の力を振り絞って問題と格闘した(その証拠に原因不明の熱を出した)。分析力、判断力、行動力、そして速度、覚悟、勇気のどれを欠いてもならないミッションだった。
この経験を通じて学んだことを記しておこう。
1. 白・黒以外のグレー、それも様々の種類のグレーを見つけ出すこと。最低限相手が受け入れ可能な退路を考える。単に自己主張をして相手に「死ね」という類いの交渉は無駄である。
2. Worst, worse, fine, good, better, bestのなかで、worstとworseしか選択肢がない場合は、迷わずworseに決めること。ケチなプライドを捨てることで、結論かスタイルのどちらかを一流に保てればそれはそれで良い。
3. 自爆テロは人生に一度しかできない。自らの原則を100%突き通す革命的チャレンジは、人生を終えるときに一度だけすればいい。通常業務のなかで社会を変えるには、粘り強く、柔軟に、自己犠牲をコンスタントにせねばならい。それでも磨り減らない忍耐力と回復力、すなわち強靭な精神力を身につけること。
4. 常にユーモアを忘れないこと。物事は頂点であろうと底辺であろうと、人と人の関係で動く。大きな声で、ゆっくり、明るく、自分の意見を述べること。
5. 前にも書いたが、"Never Hide"。人との対面を怖がったり、恥ずかしがったりする自分の気持ち(弱さ)をきちんと受け止め、立派な骨太の決断を下すこと。この世で恐れるべきものなんてない。
ふう。明日は部屋を掃除して、お皿を洗って、洗濯物を干そう。平常心で一息つこう。僕は大きくも小さくもない。僕は僕自身で存在する。