僕の土曜日 -
ナショナル・ギャラリーへ出かけた。空気は冷たいけれど、きれいに晴れた土曜日の朝だった。文字通りテムズ河沿いの"Embankment"駅を降り、久しぶりにカフェ・ラテを飲みながらトラファルガー広場までの道をゆっくりと歩いてみた。
ナショナル・ギャラリーは言うまでもなく西洋画の美術館だ。ヨーロッパの近代500年の美術を、神話、宗教、英雄、風景、民衆の生活、印象派などの分類のもと、それぞれのテーマを代表する作品を展示している。とにかく巨大な建物で、一枚の絵を10秒観るだけでも24時間以上はかかる。以前にも観光や友人の付き添いで何度か来たことがあるが、正直に言って、まったく面白いと思わなかった。ただ早足で「観た」というスタンプ・ラリーを心のなかで押している回るだけだった。
それが今では(信じてもらえないかもしれないが)心底興味深いと感じている。絵を観ることに娯楽を感じる。週末のプライベートの時間を使ってでも参観に行きたいほどなのだ。ただ苦いとしか思わなかったビールの味を覚えるように・・・絵画の醍醐味に目覚めてしまった。
それでも信じてもらえない友のために、ここでいくつか例を出そう。なぜ絵は面白いか。

一枚目はこれ。
"The Battle of San Romano" UCCELLO, Paolo
『サンロマーノの戦い』パオロ・ウッチェロ
製作年推定1438年-40年 181.6 x 320 cm
この美しく構成された画は、1432年伊フロレンスとシエナのあいだで起きた戦争を描写している。(ちなみにGoogle地図で確認すると、ここ)
で、なにが面白いかというと、そのディテールだ。
まずは画面奥、上の方でなにやら重たそうなものを運んでいる彼。

彼の手の中にあるのは、船の錨のような武器で、鉄仮面の騎士の鎧を貫く有力な手段として、当時真剣に活用されていたらしい。
また、画面中央のナイトは、頭の上にデッカい鉄と黒い羽の飾りをつけているのがわかるだろうか。(クリックすると大きくなる)

厳密に言うと、この飾りは作者の誇張で、戦場でこんな邪魔なものをつける人はいなかったらしい。専ら儀式用で、誰が誰だかいったん兜をかぶってしまうとわからないので、必然的に皆オリジナルの飾りを作ったということだ。これはまるで日本の戦国時代の武将と同じではないか。武田信玄とか上杉謙信とか、彼らがおかしな鎧を身につけていたのにはわけがあったんですね(誰が誰だかわからなくなるから)。でも、例えば強者は鎧だけでオーラを出していたんだろうなあ、などと妄想・・・。
それから白馬の後ろ、茶色の馬にまたがっている坊ちゃん。(クリックで拡大。このあどけない表情!)

これは当時「見習い」の子どもで、戦争に参加はしないけれど、主人の騎士(すなわち前述の黒い羽の彼)をサポートする役だったらしい。食事とか、矢の補充とか。ゆるいですね〜
その一方で馬に踏みつけられて死んでいる戦士。奥の方で逃げていく騎士(馬のお尻の飾りがちがう)。ウェブでは確認できないけれど、その道ばたで咲いている花。当時流行していた馬具(さすがイタリア)は、実は狩猟用で、戦争でこんな無防備なわけがない、とか、無限の情報がつまっているわけです。

二枚目は有名なレンブラント作『アンナと盲人トビト』
"Anna and the Blind Tobit" REMBRANDT
製作年推定1630年 63.8 x 47.7 cm
以下のような説明書きがついているわけです。
"The story of Anna, her husband Tobit and their son Tobias is told in the apocryphal Book of Tobit. God tested them by reducing them to poverty and causing Tobit's blindness. In the 17th century they were considered to be examples of piety in adversity."
下線部訳:彼ら(夫婦)を貧困に突き落とし、トビトを盲目を引き起こすことで、神は彼らの信仰を試したのです。
盲人となったトビトとその妻のアンが、貧しい部屋で静かに祈りをささげているというわけだ。
うーん。すごい。宗教はシンプルで強度の高い結論を与えてくれる。確かにこういう説明なら、人は盲目になろうと、手足がちぎれようと、黙って耐えて生きられるだろう。そしてこの画の光と闇をみたまえ。老夫婦の落ち着きをみたまえ。その横で静かに燃える炎。逆に現代社会は、我々にどんな説明を与えてくれるだろうか?インドでは輪廻転生がすべてを説明してくれる。ここに道徳が生まれ、社会秩序が定まる。しかし、自由という旗のもと、科学の突っ走る道ではわれわれはあまりに無防備だ。「信じるものは救われる」とは、こういうことだったのか。しかし、一度自由を味わったものが、信仰にもどれるだろうか?・・・云々

三枚目は、“The Execution of Lady Jane Grey”
ポール・ドラローシュ作『レディ・ジェーン・グレイの処刑』だ。
DELAROCHE, Paul 製作年1833年
ナショナル・ギャラリーの解説をそのままコピーしよう。
***
Lady Jane Grey was Queen of England for just 9 days until she was driven from the throne and sent to the Tower of London to be executed.
Jane became queen after the death of her cousin, Edward VI in 1553. As a Protestant, Jane was crowned queen in a bid to shore up Protestantism and keep Catholic influence at bay.
The plan didn't work. Jane's claim to the crown was much weaker than Edward VI's half-sister Mary. Mary, a Catholic, had popular support and soon replaced Jane as queen. Lady Jane Grey was executed at Tower Green on 12 February 1554. She was just 17 years old.
In this painting, she is guided towards the execution block by Sir John Brydges, Lieutenant of the Tower. The straw on which the block rests was intended to soak up the victim's blood. The executioner stands impassive to the right and two ladies in attendance are shown grieving to the left.
The painting was exhibited in Paris at the city's famous Salon in 1834, where it caused a sensation.
Oil on canvas
246 x 297 cm.
***

16歳で王族の彼女の白い肌、赤い唇、シルクのドレスの生々しい描写が、これから首を切り落とされるという悲惨な場面と強烈なコントラストを為している。血を吸収させるため処刑台の下には藁が敷かれている。背後の女性は失神している。黒いローブをまとった監督官は、彼女の耳元に何をささやいているのだろうか。死を目の前にした人間に、僕ならなんと言うだろうか。この画はパリのサロンに展示され、物議を醸した。王室、宗教、人民政府、こういう要素は、僕の雇用主にも大いに関わる・・・。
____
ーそういうわけで、まったく想像力が逞しくなる経験である。ヨネマル君にも自国古来の肖像画、巻物などを鑑賞することをお勧めしたい。
今日の僕は機嫌がいいのでそこで終わらない。午後は、Bourough Marketというロンドン塔近くの有機食品市場に行ってきた。英国現地の新鮮なオーガニック野菜からフランスのサラミ、イタリアのチーズ、ドイツの堅いパン、地中海の魚類、アフリカのフルーツ、スペインのワインなどが一堂に集まっている。週末なので多くの人で賑わっていた。僕の目の前で幸せそうにキスをするカップル、いかにも真面目そうなイギリス人のおじさん、エプロン姿でiPodを聴きながら商売する八百屋のお兄さん、おそらく東欧から来たのだろう場違いに美しい金髪に青い目の売り子さん、カウンターのなかで冗談を言い合うイタリア人の男たち、ピエロの帽子をかぶってうろつく物乞い、米語で声の大きいアメリカ人観光客、大きなバスケットをもった地元のおばさん、などなど。
そして、この市場ではみんなが実にいろんなものを手に食べ歩きをしている。定番のホットワインや野菜スープもあれば、お決まりのトマトにかじりつく人、ブルー・チーズをつまむひと、チョコレートやケーキを試す人、ホタテにレモンをしぼっている人、ビーフバーガーをほおばる人・・・ああ、幸せだ、とみな言っている。

僕も20分ほど列に並び、炭火焼ソーセージとパプリカの漬け物、新鮮なルッコラが入ったサンドイッチを頼む。豚肉の汁がパンに染みて非常に旨い。その後オイスターバーへ。ワイト島原産の生牡蠣を半ダース注文して、グラス・シャンパンを飲みながら食す。濃い海の匂いがした。
本日の出費
"Embankment"で飲んだカフェ・ラテ 1.8ポンド
炭火焼ソーセージのサンドイッチ 2.85ポンド
ロンドン屈指のオイスター・バーで食べた生牡蠣 18ポンド
僕の土曜日 Priceless!
![carlingford[ekm]237x180[ekm]](http://blog-imgs-29-origin.fc2.com/f/e/i/fei/20080203053604.jpg)
冗談です。笑
den 03.02.2008 edit
ナショナル・ギャラリーへ出かけた。空気は冷たいけれど、きれいに晴れた土曜日の朝だった。文字通りテムズ河沿いの"Embankment"駅を降り、久しぶりにカフェ・ラテを飲みながらトラファルガー広場までの道をゆっくりと歩いてみた。
ナショナル・ギャラリーは言うまでもなく西洋画の美術館だ。ヨーロッパの近代500年の美術を、神話、宗教、英雄、風景、民衆の生活、印象派などの分類のもと、それぞれのテーマを代表する作品を展示している。とにかく巨大な建物で、一枚の絵を10秒観るだけでも24時間以上はかかる。以前にも観光や友人の付き添いで何度か来たことがあるが、正直に言って、まったく面白いと思わなかった。ただ早足で「観た」というスタンプ・ラリーを心のなかで押している回るだけだった。
それが今では(信じてもらえないかもしれないが)心底興味深いと感じている。絵を観ることに娯楽を感じる。週末のプライベートの時間を使ってでも参観に行きたいほどなのだ。ただ苦いとしか思わなかったビールの味を覚えるように・・・絵画の醍醐味に目覚めてしまった。
それでも信じてもらえない友のために、ここでいくつか例を出そう。なぜ絵は面白いか。

一枚目はこれ。
"The Battle of San Romano" UCCELLO, Paolo
『サンロマーノの戦い』パオロ・ウッチェロ
製作年推定1438年-40年 181.6 x 320 cm
この美しく構成された画は、1432年伊フロレンスとシエナのあいだで起きた戦争を描写している。(ちなみにGoogle地図で確認すると、ここ)
で、なにが面白いかというと、そのディテールだ。
まずは画面奥、上の方でなにやら重たそうなものを運んでいる彼。

彼の手の中にあるのは、船の錨のような武器で、鉄仮面の騎士の鎧を貫く有力な手段として、当時真剣に活用されていたらしい。
また、画面中央のナイトは、頭の上にデッカい鉄と黒い羽の飾りをつけているのがわかるだろうか。(クリックすると大きくなる)

厳密に言うと、この飾りは作者の誇張で、戦場でこんな邪魔なものをつける人はいなかったらしい。専ら儀式用で、誰が誰だかいったん兜をかぶってしまうとわからないので、必然的に皆オリジナルの飾りを作ったということだ。これはまるで日本の戦国時代の武将と同じではないか。武田信玄とか上杉謙信とか、彼らがおかしな鎧を身につけていたのにはわけがあったんですね(誰が誰だかわからなくなるから)。でも、例えば強者は鎧だけでオーラを出していたんだろうなあ、などと妄想・・・。
それから白馬の後ろ、茶色の馬にまたがっている坊ちゃん。(クリックで拡大。このあどけない表情!)

これは当時「見習い」の子どもで、戦争に参加はしないけれど、主人の騎士(すなわち前述の黒い羽の彼)をサポートする役だったらしい。食事とか、矢の補充とか。ゆるいですね〜
その一方で馬に踏みつけられて死んでいる戦士。奥の方で逃げていく騎士(馬のお尻の飾りがちがう)。ウェブでは確認できないけれど、その道ばたで咲いている花。当時流行していた馬具(さすがイタリア)は、実は狩猟用で、戦争でこんな無防備なわけがない、とか、無限の情報がつまっているわけです。

二枚目は有名なレンブラント作『アンナと盲人トビト』
"Anna and the Blind Tobit" REMBRANDT
製作年推定1630年 63.8 x 47.7 cm
以下のような説明書きがついているわけです。
"The story of Anna, her husband Tobit and their son Tobias is told in the apocryphal Book of Tobit. God tested them by reducing them to poverty and causing Tobit's blindness. In the 17th century they were considered to be examples of piety in adversity."
下線部訳:彼ら(夫婦)を貧困に突き落とし、トビトを盲目を引き起こすことで、神は彼らの信仰を試したのです。
盲人となったトビトとその妻のアンが、貧しい部屋で静かに祈りをささげているというわけだ。
うーん。すごい。宗教はシンプルで強度の高い結論を与えてくれる。確かにこういう説明なら、人は盲目になろうと、手足がちぎれようと、黙って耐えて生きられるだろう。そしてこの画の光と闇をみたまえ。老夫婦の落ち着きをみたまえ。その横で静かに燃える炎。逆に現代社会は、我々にどんな説明を与えてくれるだろうか?インドでは輪廻転生がすべてを説明してくれる。ここに道徳が生まれ、社会秩序が定まる。しかし、自由という旗のもと、科学の突っ走る道ではわれわれはあまりに無防備だ。「信じるものは救われる」とは、こういうことだったのか。しかし、一度自由を味わったものが、信仰にもどれるだろうか?・・・云々

三枚目は、“The Execution of Lady Jane Grey”
ポール・ドラローシュ作『レディ・ジェーン・グレイの処刑』だ。
DELAROCHE, Paul 製作年1833年
ナショナル・ギャラリーの解説をそのままコピーしよう。
***
Lady Jane Grey was Queen of England for just 9 days until she was driven from the throne and sent to the Tower of London to be executed.
Jane became queen after the death of her cousin, Edward VI in 1553. As a Protestant, Jane was crowned queen in a bid to shore up Protestantism and keep Catholic influence at bay.
The plan didn't work. Jane's claim to the crown was much weaker than Edward VI's half-sister Mary. Mary, a Catholic, had popular support and soon replaced Jane as queen. Lady Jane Grey was executed at Tower Green on 12 February 1554. She was just 17 years old.
In this painting, she is guided towards the execution block by Sir John Brydges, Lieutenant of the Tower. The straw on which the block rests was intended to soak up the victim's blood. The executioner stands impassive to the right and two ladies in attendance are shown grieving to the left.
The painting was exhibited in Paris at the city's famous Salon in 1834, where it caused a sensation.
Oil on canvas
246 x 297 cm.
***

16歳で王族の彼女の白い肌、赤い唇、シルクのドレスの生々しい描写が、これから首を切り落とされるという悲惨な場面と強烈なコントラストを為している。血を吸収させるため処刑台の下には藁が敷かれている。背後の女性は失神している。黒いローブをまとった監督官は、彼女の耳元に何をささやいているのだろうか。死を目の前にした人間に、僕ならなんと言うだろうか。この画はパリのサロンに展示され、物議を醸した。王室、宗教、人民政府、こういう要素は、僕の雇用主にも大いに関わる・・・。
____
ーそういうわけで、まったく想像力が逞しくなる経験である。ヨネマル君にも自国古来の肖像画、巻物などを鑑賞することをお勧めしたい。
今日の僕は機嫌がいいのでそこで終わらない。午後は、Bourough Marketというロンドン塔近くの有機食品市場に行ってきた。英国現地の新鮮なオーガニック野菜からフランスのサラミ、イタリアのチーズ、ドイツの堅いパン、地中海の魚類、アフリカのフルーツ、スペインのワインなどが一堂に集まっている。週末なので多くの人で賑わっていた。僕の目の前で幸せそうにキスをするカップル、いかにも真面目そうなイギリス人のおじさん、エプロン姿でiPodを聴きながら商売する八百屋のお兄さん、おそらく東欧から来たのだろう場違いに美しい金髪に青い目の売り子さん、カウンターのなかで冗談を言い合うイタリア人の男たち、ピエロの帽子をかぶってうろつく物乞い、米語で声の大きいアメリカ人観光客、大きなバスケットをもった地元のおばさん、などなど。
そして、この市場ではみんなが実にいろんなものを手に食べ歩きをしている。定番のホットワインや野菜スープもあれば、お決まりのトマトにかじりつく人、ブルー・チーズをつまむひと、チョコレートやケーキを試す人、ホタテにレモンをしぼっている人、ビーフバーガーをほおばる人・・・ああ、幸せだ、とみな言っている。

僕も20分ほど列に並び、炭火焼ソーセージとパプリカの漬け物、新鮮なルッコラが入ったサンドイッチを頼む。豚肉の汁がパンに染みて非常に旨い。その後オイスターバーへ。ワイト島原産の生牡蠣を半ダース注文して、グラス・シャンパンを飲みながら食す。濃い海の匂いがした。
本日の出費
"Embankment"で飲んだカフェ・ラテ 1.8ポンド
炭火焼ソーセージのサンドイッチ 2.85ポンド
ロンドン屈指のオイスター・バーで食べた生牡蠣 18ポンド
僕の土曜日 Priceless!
![carlingford[ekm]237x180[ekm]](http://blog-imgs-29-origin.fc2.com/f/e/i/fei/20080203053604.jpg)
冗談です。笑