斜め書きのメモ -
- 政治や外交の前提に『国益』を第一位に置くことはあたかも当然にみえる。しかしその『国益』の内容は、必ずしも自国が第一級の、最上等の利権確保することではない。複雑な言い方をするようだが、二流であることを『国益』と判断される場合、一流の人間は実に見事に二流になりすます。これは「能ある鷹は爪を隠す」的な、道徳上の話をしているのではなくて、純粋主義の学者様が、前提からして見誤っている点をつまり僕は指摘したいのである。
- 世界はメディアが伝えるよりか遥かに複雑に機能している。TSさんはそのことを「隠れ多極主義」と言っているが、より正確にいえば、それは「隠れ」というような陰湿な動きではないし、「多極」や「主義」というほど強固なプロパガンダでもない。誰が誰を操り、さらに裏に誰がいるかーーこんな陰謀論には、「本音」と「建前」の単純な二項対立を演出したい作者の限界が丸見えで、子どもじみている。
- 真の政治家というのは、まずその第一条件として、信じていないことをあたかも信じているかのような熱意と深さで丁寧に説明できる。しかもそれを飽きることなく、繰り返し述べることのできる性格の人間である。第二に、彼らはそのような演出としての信念の引き出しを数多く持っている。それらの引き出しは時には互いに矛盾したり、補足しあったりするが、基本的に出発点も向かう先も異なるまるっきり別個の話題だ。(本音と建前、なんていうことではなく、すべてが嘘であり、本当である。)そしてその様々な引き出し全体を包む論調(丶丶)、これが彼という人間の骨格であり、他者に見える彼の格好だ。しかし、その下に流れる血は誰にも分からない。彼自身にとっても血はほぼ無意識だ。とっくの昔に考え抜いた思想、あるいは生まれ持った本能が、個々の行動とは無関係な形で(くどいようだが、本音とか建前という比較可能な次元の発想ではなく)、別の生き物のように同じ体内に存在している。第三に、切れる政治家は、引き出しのひとつひとつが深い。巨木の枝一本一本が、並の樹木の幹よりもはるかに太いように、彼らの一挙一動は、その辺の常人の命がけの努力より重い。
- こうした諸条件を満たした人間は、必ずしも議会や政治の表舞台に立っているわけではない。立てない人、立ちたくない人を含めて考えると、その圧倒的な複雑さと情報量からして世界に「筋」があることなんて無駄な仮説に思える。(その意味で陰謀論というのは人間を愛している)
- 政治、経済、文化、環境、教育、医療、保険、すべては枝にすぎず、幹はやはり文学でしかない。
斜めに書き始めて斜めに書き終わるのはいかがなものかと思うが、意外なところに結論が導かれたので今日はここで止めにする。なんて言ったって個人的な日記なのだから・・・
den 10.02.2008 edit
- 政治や外交の前提に『国益』を第一位に置くことはあたかも当然にみえる。しかしその『国益』の内容は、必ずしも自国が第一級の、最上等の利権確保することではない。複雑な言い方をするようだが、二流であることを『国益』と判断される場合、一流の人間は実に見事に二流になりすます。これは「能ある鷹は爪を隠す」的な、道徳上の話をしているのではなくて、純粋主義の学者様が、前提からして見誤っている点をつまり僕は指摘したいのである。
- 世界はメディアが伝えるよりか遥かに複雑に機能している。TSさんはそのことを「隠れ多極主義」と言っているが、より正確にいえば、それは「隠れ」というような陰湿な動きではないし、「多極」や「主義」というほど強固なプロパガンダでもない。誰が誰を操り、さらに裏に誰がいるかーーこんな陰謀論には、「本音」と「建前」の単純な二項対立を演出したい作者の限界が丸見えで、子どもじみている。
- 真の政治家というのは、まずその第一条件として、信じていないことをあたかも信じているかのような熱意と深さで丁寧に説明できる。しかもそれを飽きることなく、繰り返し述べることのできる性格の人間である。第二に、彼らはそのような演出としての信念の引き出しを数多く持っている。それらの引き出しは時には互いに矛盾したり、補足しあったりするが、基本的に出発点も向かう先も異なるまるっきり別個の話題だ。(本音と建前、なんていうことではなく、すべてが嘘であり、本当である。)そしてその様々な引き出し全体を包む論調(丶丶)、これが彼という人間の骨格であり、他者に見える彼の格好だ。しかし、その下に流れる血は誰にも分からない。彼自身にとっても血はほぼ無意識だ。とっくの昔に考え抜いた思想、あるいは生まれ持った本能が、個々の行動とは無関係な形で(くどいようだが、本音とか建前という比較可能な次元の発想ではなく)、別の生き物のように同じ体内に存在している。第三に、切れる政治家は、引き出しのひとつひとつが深い。巨木の枝一本一本が、並の樹木の幹よりもはるかに太いように、彼らの一挙一動は、その辺の常人の命がけの努力より重い。
- こうした諸条件を満たした人間は、必ずしも議会や政治の表舞台に立っているわけではない。立てない人、立ちたくない人を含めて考えると、その圧倒的な複雑さと情報量からして世界に「筋」があることなんて無駄な仮説に思える。(その意味で陰謀論というのは人間を愛している)
- 政治、経済、文化、環境、教育、医療、保険、すべては枝にすぎず、幹はやはり文学でしかない。
斜めに書き始めて斜めに書き終わるのはいかがなものかと思うが、意外なところに結論が導かれたので今日はここで止めにする。なんて言ったって個人的な日記なのだから・・・