オペラ『魔笛』 -
ロイヤル・オペラハウスで上演されているモーツァルトの『魔笛』を観てきた。率直に言えば、なんとも支離滅裂な話だった。オペラだからといって何でも高尚なわけではない。音楽はすばらしいが、ストーリー展開が韓国ドラマのように行き当たりばったりである。
***
話は東の国からやってきた王子タミーノが、大蛇に襲われそうになっているところを「夜の女王」の三人の侍女に救われるところからはじまる。大蛇はあっという間に退治され、三人の侍女は、王子の若さと美貌に惚れ、誰が彼の側に残って看病をするかをめぐって言い争いになる。そこに無知な狩人(パパゲーノ、ぼけキャラ)がやってきて、歌って踊って大蛇は自分が駆逐したのだと王子に嘘をつき、恩を売ろうとする。が、三人の使いは戻ってきてパパゲーノの嘘を暴き、その口に鍵をかけてしまう。王子は、三人の侍女から手渡された肖像画に描かれている(「夜の女王」の愛娘)パミーナ姫に一目惚れする。そこに「夜の女王」が登場し、自分の娘が悪魔にさらわれた悲しみを語る。悪魔ツァラトストラ(!)のところから彼女を連れ出すことができれば結婚をゆるす、とタミーノ王子に救出を依頼する。喜んで引き受けたタミーノ王子には、悲しみを喜びに変えられるという魔法の笛が渡される。一方パパゲーノは罪の償いとして王子に仕えるように言い渡され、魔法の鈴を渡される。
タミーノ王子と召使いパパゲーノは、魔法の笛と魔法の鈴をもって今度は三人の神童に導かれながらパミーナ姫を探す旅に出る。(・・・というところでWikipediaをみたら全部載ってた。興味がある方はそちらを検索してください)
ごく簡潔に要約すると、その後タミーノ王子はツァラトストラの神殿で僧侶のひとりと問答し、実はツァラトストラではなく「夜の女王」のほうが悪人であると聞かされる。後半は善悪が逆転して、太陽の象徴ツァラストラ(ゾロアスター教の開祖)のもとで、パミーナ姫の母「夜の女王」(闇の象徴)が克服される物語が展開される。タミーノ王子はパミーナ姫と結ばれるために、悟り(Enlightenment)への数々の試練を乗り越える。「夜の女王」は娘のパミーナ姫にツァラトストラを暗殺するように命令し、最後には自ら神殿を襲撃しようとする。しかし、光にはかなわない、というところで幕は下りる。
***
書いてみるとなかなか面白そうな脚本なのだが・・・『魔笛』は、当時仕事がなく金に困ったモーツァルトが大衆劇場のために書いた作品で、当然宮廷用とは観客の対象がちがった。したがって話も説教がましく、ところどころで「愛とは**である」とか「男は**あるべきだ」という教育的な箴言が挟み込まれている。むろん、それは大衆の啓蒙というだけでなく、モーツァルト本人のフリーメイソン信仰や、大元の童話による影響もあったのだろう。特にフリーメイソンに関しては、光=精神=善、闇=物質=悪、という教義を宣伝しているオペラだ、とすら言われているらしい。しかし、いかにも民衆を教育するために書かれたという臭いがしすぎて、高次元のキャラクター発展や会話のやり取りがないのが退屈だ。(もっとも、台本はモーツァルトが書いたものではないみたいだが・・・)それと、肝心のタミール王子のテノール歌手の演技力がまったくゼロで、登場するたびに幻滅した。
このオペラで本当にすばらしいのは、序曲と8番第一幕のフィナーレ「この道はあなたを目的へと導いて行く」、14番「夜の女王」のアリア「復讐は地獄のように我が心に燃え」だった。
den 02.03.2008 edit
ロイヤル・オペラハウスで上演されているモーツァルトの『魔笛』を観てきた。率直に言えば、なんとも支離滅裂な話だった。オペラだからといって何でも高尚なわけではない。音楽はすばらしいが、ストーリー展開が韓国ドラマのように行き当たりばったりである。
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話は東の国からやってきた王子タミーノが、大蛇に襲われそうになっているところを「夜の女王」の三人の侍女に救われるところからはじまる。大蛇はあっという間に退治され、三人の侍女は、王子の若さと美貌に惚れ、誰が彼の側に残って看病をするかをめぐって言い争いになる。そこに無知な狩人(パパゲーノ、ぼけキャラ)がやってきて、歌って踊って大蛇は自分が駆逐したのだと王子に嘘をつき、恩を売ろうとする。が、三人の使いは戻ってきてパパゲーノの嘘を暴き、その口に鍵をかけてしまう。王子は、三人の侍女から手渡された肖像画に描かれている(「夜の女王」の愛娘)パミーナ姫に一目惚れする。そこに「夜の女王」が登場し、自分の娘が悪魔にさらわれた悲しみを語る。悪魔ツァラトストラ(!)のところから彼女を連れ出すことができれば結婚をゆるす、とタミーノ王子に救出を依頼する。喜んで引き受けたタミーノ王子には、悲しみを喜びに変えられるという魔法の笛が渡される。一方パパゲーノは罪の償いとして王子に仕えるように言い渡され、魔法の鈴を渡される。
タミーノ王子と召使いパパゲーノは、魔法の笛と魔法の鈴をもって今度は三人の神童に導かれながらパミーナ姫を探す旅に出る。(・・・というところでWikipediaをみたら全部載ってた。興味がある方はそちらを検索してください)
ごく簡潔に要約すると、その後タミーノ王子はツァラトストラの神殿で僧侶のひとりと問答し、実はツァラトストラではなく「夜の女王」のほうが悪人であると聞かされる。後半は善悪が逆転して、太陽の象徴ツァラストラ(ゾロアスター教の開祖)のもとで、パミーナ姫の母「夜の女王」(闇の象徴)が克服される物語が展開される。タミーノ王子はパミーナ姫と結ばれるために、悟り(Enlightenment)への数々の試練を乗り越える。「夜の女王」は娘のパミーナ姫にツァラトストラを暗殺するように命令し、最後には自ら神殿を襲撃しようとする。しかし、光にはかなわない、というところで幕は下りる。
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書いてみるとなかなか面白そうな脚本なのだが・・・『魔笛』は、当時仕事がなく金に困ったモーツァルトが大衆劇場のために書いた作品で、当然宮廷用とは観客の対象がちがった。したがって話も説教がましく、ところどころで「愛とは**である」とか「男は**あるべきだ」という教育的な箴言が挟み込まれている。むろん、それは大衆の啓蒙というだけでなく、モーツァルト本人のフリーメイソン信仰や、大元の童話による影響もあったのだろう。特にフリーメイソンに関しては、光=精神=善、闇=物質=悪、という教義を宣伝しているオペラだ、とすら言われているらしい。しかし、いかにも民衆を教育するために書かれたという臭いがしすぎて、高次元のキャラクター発展や会話のやり取りがないのが退屈だ。(もっとも、台本はモーツァルトが書いたものではないみたいだが・・・)それと、肝心のタミール王子のテノール歌手の演技力がまったくゼロで、登場するたびに幻滅した。
このオペラで本当にすばらしいのは、序曲と8番第一幕のフィナーレ「この道はあなたを目的へと導いて行く」、14番「夜の女王」のアリア「復讐は地獄のように我が心に燃え」だった。