虫けらの死 -
ああ!ひどいことをしてしまった。その虫けらを叩き潰した瞬間、僕は殺生した事を後悔した。僕は敬虔な仏教徒というわけではないが、今回に限って言えば、その虫けらを殺す必要がなかった。ぶんぶんと側を飛んでいるのが目障りだったので、半ば無意識に手で叩き潰してしまった。なのに彼は逃げもしなかった。ただ一瞬のうちに、巨大な掌が飛んできて、不必要に(丶丶丶丶)羽や身体を粉々にされたわけだ。そんな風にして常日頃から自分が殺傷していることを思うと、僕は気が滅入った。そして殆どの時は気がつきもせず、我がアジェンダばかりを至上の命題と掲げ、道ばたの蟻んこや草花を踏みつぶして来ているのだ。コツコツコツコツと鳴る上等な靴で、急ぎ足で、僕は花や虫ばかりでなく大勢の僕より不幸な人間を下敷きにして、鼻歌を歌いながら歩いているのだ。突然、僕はその虫を救いたい、と思った。僕の広い掌の上で、小さな黒いドットにすぎぬ彼はまだ手足をジタバタさせていた。僕の手は加害者の手から慈善のそれへと変わっていたが、彼はそんな偽善から逃れる力もなく、ただそこでジタバタしていた。死ぬのは時間の問題だった。僕がどんな手を尽くそうとも彼を救うことはできないのは明らかだった。最先端の医療でも、救急車をよんでも、あらゆる面からして手遅れだった。彼はただ死を待つしかなかったし、僕には見ているより他なかった。でも「せめて自分が医者だったらよかったのに」と僕は思った。小さな手術台で、その小さな身体を切り開き、羽を繋ぎ合わせ、傷を縫い合わせてあげることができたらー。厳密に言えば、虫けらを救いたい気持ちよりも僕は自分の無力感をどうにかしたかった。僕は彼の半生を想像した。おそらく、僕が怠惰にも放置していた食物を糧に生きてきたのだろう。あまり掃除しない、ゴミ箱の裏辺りに卵が産卵されていたのかもしれない。暖かな暖房で勘違いして、うっかり生まれて来てしまったのにちがいない。そして僕の小さなアパートで、キッチンと寝室とリビングを飛び回りながら、それを「世界」と思ったに違いない。そんな彼にとっては、僕は唯一の他の生命であり、他者であった。彼は僕という他者を対象に「存在」していた。そして、その存在の生と死は、文字どおり僕の掌の中にあった。彼は僕の影であった。
一瞬のうちのそんなことを考えると、僕はいたたまれない悲しい気持ちになった。僕は医者ではないので、せめてできることは、レクイエムをかけてやることくらいだった。モーツァルトの鎮魂歌を。僕が自らの死に際に望むことを、分身の彼にも捧げてやることだった。彼の魂が消えていく瞬間に僕の送れる最大の弔いだった。なぜかそれはとても当然のことに思えた。彼の不当の死は、モーツァルトの価値がある。奇しくも目の前のパソコンを見ると、iTunesの次曲はウィーン交響楽団のレクイエム第一楽章にカーソルが選択されていた。僕はこの偶然に喜びと神妙さの入り交じった複雑な気分になった。そして彼はレクイエムを最後まで聴き終える余力があるだろうか、と考えた。たぶん最初の曲の途中で息絶えるだろうと僕は憶測した。虫けらはもう前足が動かず、後ろの一番太い二本の足が時折バタバタする程度に弱っていた。触角から上半身までのすべてが小さく縮まり始めていた。僕は急いでモーツァルトをかけた。そして最も立体的に左右か偏りなく音が聴こえるキーボード中央の位置に掌を差し出した。左右のスピーカーががんがん鳴っていた。虫けらはジタバタしていた。僕は黙祷を捧げようかと思ったが、それはやりすぎなのでやめた。それに僕は彼の最期を見届けたかった。そうでなければ僕の責任は果たされないと思った。孤独に死にゆく者、という意味では生命は生命に変わりなかった。彼は虫けらかもしれないが、彼は人間でもよかった。
しかし虫けらは意外としぶとく生きた。序曲が半分に差さしかかっても、一向に息絶える様子は見せず、むしろ死に損ねている苦しさが全面に顕われてきた。僕はひどい自己嫌悪に陥った。もがき苦しむ彼には、希望がなく、ちぎれた羽があるだけだった。そして彼は声も挙げられなかった。仲間もいなかった。最初から最期まで僕に弄ばれた傲慢な事実があるだけだ!僕は涙がでそうになった。しかし涙がでない事実にまた僕は僕という人間に絶望した。
僕は虫けらを真白いティッシュの上に移し、指先で捻り潰した。疑いの余地無いほど強い力で彼を瞬時に抹殺した。ティッシュを丸く包み、ごみ箱に捨てた。墓は作らなかった。僕は作文を書く他に何をすればよいのかわからなかった。
den 12.03.2008 edit
ああ!ひどいことをしてしまった。その虫けらを叩き潰した瞬間、僕は殺生した事を後悔した。僕は敬虔な仏教徒というわけではないが、今回に限って言えば、その虫けらを殺す必要がなかった。ぶんぶんと側を飛んでいるのが目障りだったので、半ば無意識に手で叩き潰してしまった。なのに彼は逃げもしなかった。ただ一瞬のうちに、巨大な掌が飛んできて、不必要に(丶丶丶丶)羽や身体を粉々にされたわけだ。そんな風にして常日頃から自分が殺傷していることを思うと、僕は気が滅入った。そして殆どの時は気がつきもせず、我がアジェンダばかりを至上の命題と掲げ、道ばたの蟻んこや草花を踏みつぶして来ているのだ。コツコツコツコツと鳴る上等な靴で、急ぎ足で、僕は花や虫ばかりでなく大勢の僕より不幸な人間を下敷きにして、鼻歌を歌いながら歩いているのだ。突然、僕はその虫を救いたい、と思った。僕の広い掌の上で、小さな黒いドットにすぎぬ彼はまだ手足をジタバタさせていた。僕の手は加害者の手から慈善のそれへと変わっていたが、彼はそんな偽善から逃れる力もなく、ただそこでジタバタしていた。死ぬのは時間の問題だった。僕がどんな手を尽くそうとも彼を救うことはできないのは明らかだった。最先端の医療でも、救急車をよんでも、あらゆる面からして手遅れだった。彼はただ死を待つしかなかったし、僕には見ているより他なかった。でも「せめて自分が医者だったらよかったのに」と僕は思った。小さな手術台で、その小さな身体を切り開き、羽を繋ぎ合わせ、傷を縫い合わせてあげることができたらー。厳密に言えば、虫けらを救いたい気持ちよりも僕は自分の無力感をどうにかしたかった。僕は彼の半生を想像した。おそらく、僕が怠惰にも放置していた食物を糧に生きてきたのだろう。あまり掃除しない、ゴミ箱の裏辺りに卵が産卵されていたのかもしれない。暖かな暖房で勘違いして、うっかり生まれて来てしまったのにちがいない。そして僕の小さなアパートで、キッチンと寝室とリビングを飛び回りながら、それを「世界」と思ったに違いない。そんな彼にとっては、僕は唯一の他の生命であり、他者であった。彼は僕という他者を対象に「存在」していた。そして、その存在の生と死は、文字どおり僕の掌の中にあった。彼は僕の影であった。
一瞬のうちのそんなことを考えると、僕はいたたまれない悲しい気持ちになった。僕は医者ではないので、せめてできることは、レクイエムをかけてやることくらいだった。モーツァルトの鎮魂歌を。僕が自らの死に際に望むことを、分身の彼にも捧げてやることだった。彼の魂が消えていく瞬間に僕の送れる最大の弔いだった。なぜかそれはとても当然のことに思えた。彼の不当の死は、モーツァルトの価値がある。奇しくも目の前のパソコンを見ると、iTunesの次曲はウィーン交響楽団のレクイエム第一楽章にカーソルが選択されていた。僕はこの偶然に喜びと神妙さの入り交じった複雑な気分になった。そして彼はレクイエムを最後まで聴き終える余力があるだろうか、と考えた。たぶん最初の曲の途中で息絶えるだろうと僕は憶測した。虫けらはもう前足が動かず、後ろの一番太い二本の足が時折バタバタする程度に弱っていた。触角から上半身までのすべてが小さく縮まり始めていた。僕は急いでモーツァルトをかけた。そして最も立体的に左右か偏りなく音が聴こえるキーボード中央の位置に掌を差し出した。左右のスピーカーががんがん鳴っていた。虫けらはジタバタしていた。僕は黙祷を捧げようかと思ったが、それはやりすぎなのでやめた。それに僕は彼の最期を見届けたかった。そうでなければ僕の責任は果たされないと思った。孤独に死にゆく者、という意味では生命は生命に変わりなかった。彼は虫けらかもしれないが、彼は人間でもよかった。
しかし虫けらは意外としぶとく生きた。序曲が半分に差さしかかっても、一向に息絶える様子は見せず、むしろ死に損ねている苦しさが全面に顕われてきた。僕はひどい自己嫌悪に陥った。もがき苦しむ彼には、希望がなく、ちぎれた羽があるだけだった。そして彼は声も挙げられなかった。仲間もいなかった。最初から最期まで僕に弄ばれた傲慢な事実があるだけだ!僕は涙がでそうになった。しかし涙がでない事実にまた僕は僕という人間に絶望した。
僕は虫けらを真白いティッシュの上に移し、指先で捻り潰した。疑いの余地無いほど強い力で彼を瞬時に抹殺した。ティッシュを丸く包み、ごみ箱に捨てた。墓は作らなかった。僕は作文を書く他に何をすればよいのかわからなかった。