拳の反省 -

ここ数週間、週末にSaint Martinsという学校に通って彫刻をつくっている。「手を作ってください。手が作れればなんでもつくれます」と先生が言うので、巨大な(両腕に抱えきれないくらいの)拳をつくっている。
まずはデッサンをとり、だいたいの形を針金でつくる。その後麻の薄い布を石膏に浸して、ぺたぺたと貼付ける。それから本格的に石膏を塗り、ボリュームを増やし、最後にノコギリやハンマーで削るという手順らしい。
ゼロから自力でものを作るというのは結構楽しい経験で、世の中のものがどういう風にできているのかを考えるようになる。家具でも電化製品でも建築でも洋服でも、なにひとつ当然存在するものはなく、それがなにによって構築されているのか、どういうふうに構築(あるいは脱構築)されているのか、一歩踏み込んで考える習慣がつく。二枚の布を塗り合わせているのか、釘という媒介によって板と棒がくっつけられているのか、或いはプラスチックで鋳造されているのか。(ちなみに世の中のものはすべて4つの方法でつくられているらしい。即ち、Sewing(くっつける), Modeling(物質を増やして形作る), Carving(物質を減らして形作る)、Casting(型で鋳造する)。
そして、モノを作る快感は、モノを買う快感とほとんど同じだと気づく。一日六時間モノを作ってその過程と結果から得られる快感は、その間ショッピングして素敵なモノを発見し、購入した快感に等しい。唯一の違いは、前者は金が減らず、後者は金が減るということだ・・・。
と、まあ、うんちくはともかく、今日は彫刻をお昼休みに抜け出し、来英している温家保総理の出迎えに行った。「一騎当千」とはまさにこのことか、と思うくらい人集りができていて、一人の人間の成りうる重みがしみじみと感じられた。

今の僕が置かれている環境はまさにこの極みで、27歳という年齢にも関わらず、どこに出入りしてもVIP待遇だし、うっかりすると首相や大臣と直接対面できたりしてしまう。常にソリューションを考え、自信と楽天主義を貫き、あるがままの現状に納得するのではなく、あるべき姿の理想に向けて、何事にも恐れるこなく決断下して前進すること。そういうふうに振る舞っている僕は他人の注目を集めるし、このルートを今後20年も歩めば、いわゆる「人生の成功者」として、名誉も権力も社会貢献の達成感も手に入ることだろう。
しかし、一方で、僕は自分が本来そういう質でないこともわかっている。今日の温総理の件を終え、St Martinsの暗い階段を下ってスタジオに入っていく瞬間、なんと心がほっとしたことか。地下室にもぐってひたすら好きなものを作り、誰に構うこともなく、自分の美意識を具現化する喜び。人生の、実存のダークサイドに隠れる安心感。そのなかで逆説的に創造する力、他者を切り捨てる強さ。
こんな相反する二つの自己を分裂させないよう、注意深く人生を歩まねばならない。いつしか統合の日がやってくるだろう。
den 02.02.2009 edit

ここ数週間、週末にSaint Martinsという学校に通って彫刻をつくっている。「手を作ってください。手が作れればなんでもつくれます」と先生が言うので、巨大な(両腕に抱えきれないくらいの)拳をつくっている。
まずはデッサンをとり、だいたいの形を針金でつくる。その後麻の薄い布を石膏に浸して、ぺたぺたと貼付ける。それから本格的に石膏を塗り、ボリュームを増やし、最後にノコギリやハンマーで削るという手順らしい。
ゼロから自力でものを作るというのは結構楽しい経験で、世の中のものがどういう風にできているのかを考えるようになる。家具でも電化製品でも建築でも洋服でも、なにひとつ当然存在するものはなく、それがなにによって構築されているのか、どういうふうに構築(あるいは脱構築)されているのか、一歩踏み込んで考える習慣がつく。二枚の布を塗り合わせているのか、釘という媒介によって板と棒がくっつけられているのか、或いはプラスチックで鋳造されているのか。(ちなみに世の中のものはすべて4つの方法でつくられているらしい。即ち、Sewing(くっつける), Modeling(物質を増やして形作る), Carving(物質を減らして形作る)、Casting(型で鋳造する)。
そして、モノを作る快感は、モノを買う快感とほとんど同じだと気づく。一日六時間モノを作ってその過程と結果から得られる快感は、その間ショッピングして素敵なモノを発見し、購入した快感に等しい。唯一の違いは、前者は金が減らず、後者は金が減るということだ・・・。
と、まあ、うんちくはともかく、今日は彫刻をお昼休みに抜け出し、来英している温家保総理の出迎えに行った。「一騎当千」とはまさにこのことか、と思うくらい人集りができていて、一人の人間の成りうる重みがしみじみと感じられた。

今の僕が置かれている環境はまさにこの極みで、27歳という年齢にも関わらず、どこに出入りしてもVIP待遇だし、うっかりすると首相や大臣と直接対面できたりしてしまう。常にソリューションを考え、自信と楽天主義を貫き、あるがままの現状に納得するのではなく、あるべき姿の理想に向けて、何事にも恐れるこなく決断下して前進すること。そういうふうに振る舞っている僕は他人の注目を集めるし、このルートを今後20年も歩めば、いわゆる「人生の成功者」として、名誉も権力も社会貢献の達成感も手に入ることだろう。
しかし、一方で、僕は自分が本来そういう質でないこともわかっている。今日の温総理の件を終え、St Martinsの暗い階段を下ってスタジオに入っていく瞬間、なんと心がほっとしたことか。地下室にもぐってひたすら好きなものを作り、誰に構うこともなく、自分の美意識を具現化する喜び。人生の、実存のダークサイドに隠れる安心感。そのなかで逆説的に創造する力、他者を切り捨てる強さ。
こんな相反する二つの自己を分裂させないよう、注意深く人生を歩まねばならない。いつしか統合の日がやってくるだろう。