22.17-22.26pm -
中国ではあらゆるものが光の速度で動いている。時間と場所の中心にいることは、贅沢の一種だ。善し悪しは別として、結局効果的なのは主張の内容ではなく、主張し続けるという行為である。量は質を変える。中国人の得意技は代替案を出すこと(既存のものを真正面から討論するより、自分の価値観を中心とする組織をつくってしまう)、すなわち革命すること。Truthfulで行けるところまで行く。さもなければ何も思想のないつまらない大人になってしまう。一瞬足りとも考える責任、伝える責任、行動する責任から逃避しないこと。常に他者を受け入れることは、常に自分を曝け出すことに等しい。真理に媚びず、変化を受け入れ、批判を恐れず、自らだけを信じ、主張しつづけろ。
den 26.03.2009 edit
中国ではあらゆるものが光の速度で動いている。時間と場所の中心にいることは、贅沢の一種だ。善し悪しは別として、結局効果的なのは主張の内容ではなく、主張し続けるという行為である。量は質を変える。中国人の得意技は代替案を出すこと(既存のものを真正面から討論するより、自分の価値観を中心とする組織をつくってしまう)、すなわち革命すること。Truthfulで行けるところまで行く。さもなければ何も思想のないつまらない大人になってしまう。一瞬足りとも考える責任、伝える責任、行動する責任から逃避しないこと。常に他者を受け入れることは、常に自分を曝け出すことに等しい。真理に媚びず、変化を受け入れ、批判を恐れず、自らだけを信じ、主張しつづけろ。
汶川 -
四川地震の震源地に行って来た。事態は未だに改善されていないようだ。150kmの距離を移動するのに八時間も要し、途中で一軒家ほどの大きさの岩石の押しつぶされたトラック事故に三件も遭遇した。山道はまだまだ危険で、僻地の復興は難航している。そこで中国政府は一部の農村を放棄し、中心となるような位置により大きな街を作る計画を実施している。四川地震の震源地は少数民族(チャン族)の自治県で、1300年前の唐代からの建築も数多く残っている。奇跡的というか必然というか、古建築はほとんど地震にびくともしなかった。それに比べ、コンクリートの建物は22%が崩壊し、78%が壊滅的な打撃を受けて完全に使用不可能となった。より大きな街を作れば、山道を拡げて高速道路を通す必要があるので、計画ではせっかく生き残ったチャン族の伝統建築の多くは壊されることになっている。中国政府がなにをもって優先とするかよくわかる例である。こうした発展モデルが中国経済を支えているのだ。そして東の沿岸都市ではそうした虚栄の富が世界に誇示されている・・・






den 21.03.2009 edit
四川地震の震源地に行って来た。事態は未だに改善されていないようだ。150kmの距離を移動するのに八時間も要し、途中で一軒家ほどの大きさの岩石の押しつぶされたトラック事故に三件も遭遇した。山道はまだまだ危険で、僻地の復興は難航している。そこで中国政府は一部の農村を放棄し、中心となるような位置により大きな街を作る計画を実施している。四川地震の震源地は少数民族(チャン族)の自治県で、1300年前の唐代からの建築も数多く残っている。奇跡的というか必然というか、古建築はほとんど地震にびくともしなかった。それに比べ、コンクリートの建物は22%が崩壊し、78%が壊滅的な打撃を受けて完全に使用不可能となった。より大きな街を作れば、山道を拡げて高速道路を通す必要があるので、計画ではせっかく生き残ったチャン族の伝統建築の多くは壊されることになっている。中国政府がなにをもって優先とするかよくわかる例である。こうした発展モデルが中国経済を支えているのだ。そして東の沿岸都市ではそうした虚栄の富が世界に誇示されている・・・






As you know, the world has changed. -
中国に出張している。もっとも切実に感じるのが、為替の変動+中国国内のインフレによる物価の上昇。1ポンド15元の時代から今9元程度。総じてモノやサービスは3年前の倍になったと感じる。
変化というのは、後から振り返るといかにも当然でつまらない事実に思えるけれど、未来を予測するというスタンスでみれば、未知のふれ幅は大きく、人を不安にさせる。
変化を恐れず、常に適応する心構えを持たねば、過去の重さに押しつぶされる。ダーヴィンは「環境に適応する能力が最も高い種が生き残る」と言ったが、肝心なのは、適応能力で「強さ」ではない。「強い者が生き残る」ということでは、ない(ヽヽ)。
今の状況を(たとえそれが自分にとってマイナスの解釈であっても)なるべくはやく飲み込むこと。そして笑顔で次に進むこと。失われたものに足をとらわれすぎないこと。そのぶん得ているものを当然と思わず感謝すること。
その意味でリーマンが破綻した瞬間に、"As you know the world has changed."とデヴィッドに言われたのは衝撃的だった。リーマンが破綻した事実ではなく、"the world HAS changed"と言う彼の理解力、柔軟性に驚く。しかも社会を傍観する学者やジャーナリストではなく、深く政界や財界にinvolveされているデヴィッドである。
彼のその、変化を受け入れながら能動的に生きる態度というのは、考えてみると英国らしいとも言える。英国はこの数百年の間に世界を牛耳るだけでなく、ルールをつくり、誰よりも進んで新しい価値観に適応してきた。伝統を誰よりも愛しながら、変化を進んで作り出すイギリス人。この国民性が彼らを世界の覇者にしたし、個人としても学ぶところが多い。
僕もイギリスのそういうところに敬服している。だから通貨レートがどうなろうと、英国が世界の覇者をやめてヨーロッパの辺境の島に戻ろうと、僕はデヴィッドとイギリスの代表するところの「進取の精神」を信頼している。
den 16.03.2009 edit
中国に出張している。もっとも切実に感じるのが、為替の変動+中国国内のインフレによる物価の上昇。1ポンド15元の時代から今9元程度。総じてモノやサービスは3年前の倍になったと感じる。
変化というのは、後から振り返るといかにも当然でつまらない事実に思えるけれど、未来を予測するというスタンスでみれば、未知のふれ幅は大きく、人を不安にさせる。
変化を恐れず、常に適応する心構えを持たねば、過去の重さに押しつぶされる。ダーヴィンは「環境に適応する能力が最も高い種が生き残る」と言ったが、肝心なのは、適応能力で「強さ」ではない。「強い者が生き残る」ということでは、ない(ヽヽ)。
今の状況を(たとえそれが自分にとってマイナスの解釈であっても)なるべくはやく飲み込むこと。そして笑顔で次に進むこと。失われたものに足をとらわれすぎないこと。そのぶん得ているものを当然と思わず感謝すること。
その意味でリーマンが破綻した瞬間に、"As you know the world has changed."とデヴィッドに言われたのは衝撃的だった。リーマンが破綻した事実ではなく、"the world HAS changed"と言う彼の理解力、柔軟性に驚く。しかも社会を傍観する学者やジャーナリストではなく、深く政界や財界にinvolveされているデヴィッドである。
彼のその、変化を受け入れながら能動的に生きる態度というのは、考えてみると英国らしいとも言える。英国はこの数百年の間に世界を牛耳るだけでなく、ルールをつくり、誰よりも進んで新しい価値観に適応してきた。伝統を誰よりも愛しながら、変化を進んで作り出すイギリス人。この国民性が彼らを世界の覇者にしたし、個人としても学ぶところが多い。
僕もイギリスのそういうところに敬服している。だから通貨レートがどうなろうと、英国が世界の覇者をやめてヨーロッパの辺境の島に戻ろうと、僕はデヴィッドとイギリスの代表するところの「進取の精神」を信頼している。
パリ -
den 12.03.2009 edit
こんなに近いのに行ったことがなかったパリ。今回は重い腰を上げてフランス大使館に数十種類の書類を提出し、半年のマルチ・ビザを取得した。
2泊3日の短い旅なので、あまり欲張らずに散策とアンティーク探しだけに時間を使う。エッフェル塔から凱旋門を通って、コンコルド広場、ルーブル、シテ島と5時間くらい歩く。




しかも今回はHome Exchangeをして、フランス人のアトリエに滞在。もちろん無料↓

二階建てのフラットで200平米近くあったんじゃないかと思う。なかなかおすすめです。http://www.homeexchange.com/
二日目はクリニアンクールでお目当てのアンティークを5時間くらい探す。結局クレジットカードのリミットまで買い物して、フランス菓子や海鮮もおおいに満喫してしまった・・・。



次回は一週間くらいHome Exchangeして、パリの美術館巡りをする予定。でも正直言って住むならパリよりロンドンだな、と思った。帰って来てほっとする。

最後に、星の数ほどあるパリのアンティーク店(少なくとも100軒はみた)から発掘したお気に入りのエンジェルを・・・↓台座とランプシェードをつければ完璧。

2泊3日の短い旅なので、あまり欲張らずに散策とアンティーク探しだけに時間を使う。エッフェル塔から凱旋門を通って、コンコルド広場、ルーブル、シテ島と5時間くらい歩く。




しかも今回はHome Exchangeをして、フランス人のアトリエに滞在。もちろん無料↓

二階建てのフラットで200平米近くあったんじゃないかと思う。なかなかおすすめです。http://www.homeexchange.com/
二日目はクリニアンクールでお目当てのアンティークを5時間くらい探す。結局クレジットカードのリミットまで買い物して、フランス菓子や海鮮もおおいに満喫してしまった・・・。



次回は一週間くらいHome Exchangeして、パリの美術館巡りをする予定。でも正直言って住むならパリよりロンドンだな、と思った。帰って来てほっとする。

最後に、星の数ほどあるパリのアンティーク店(少なくとも100軒はみた)から発掘したお気に入りのエンジェルを・・・↓台座とランプシェードをつければ完璧。

Diary -
一巡してまた日曜日の朝。先週を振り返ってみる。「日記」ならぬ「週記」は合理的なだけでなく、自分の置かれている状況の全体像がみえてなかなかいいかもしれない。
月曜日はフランスのビザを取得しに朝からSouth Kensington駅前の領事館へ行ったのだけれど、ビザを取得する手間は、第三国の出身者にしかきっとわからないのでちょっと説明しておく。たった二日間パリに行くだけで実にいろいろ書類(在職証明、休暇証明、銀行残高証明、招待状(受け入れ証明)、ホテル予約証明、航空券、旅行保険証・・・等々)が要る。そして電話で面接時間の予約をするのだが、1分1ポンドという、テレクラのような料金を取られる。自動応答の録音で20分以上にわたって説明を聞かされ、"For marriage with a EU national within the last 6 months, please press 1"...と延々と続き、"For visa application, please press 9"に到達までにキレそうになる。そうした一連の準備をその前の週にして、月曜日はいよいよ面接の日だったわけだが、予約の時間に領事館に行くと既に100人くらい並んでいる。しかも黒人とヒスパニックとアジア人しかいない。道行く白人に軽蔑の眼差しを向けられながら、外に一時間待たされ、さらに暗い牢獄の通路のようなところを通って荷物検査され、それからまた30分以上地下の扉の前で待機。やっと部屋に入ったかと思ったら申請料金を支払うだけで、そこから面接官に会うまでにさらに一時間待たされる。結局、朝の8時半に行って出て来られたのは正午だった・・・。ああ、国籍変えたい。
火曜日はアンティーク・マーケットに行く予定だったが、上記の通り来週末にパリへ行くことになったので、骨董品資金をそれまで温存する。
水曜日はLady Rothermereのところでランチに招かれ、中国や韓国や日本のこと、彼女の生い立ちのことについて三時間以上話した。実に波瀾万丈な人生で勇気を与えられる。午後はシャンパンの酔いが消えないまま中国大使館の参事官と会議・・・逆にうまくいったかも。
木曜日は午前中映画監督のAndreと紫禁城の映画試写会について話し合い、午後は建築基金会のHooperとHankと再来週からの中国出張について打ち合わせ。夜はfloristのテルミさん誘ってDorchesterのChina Tangで北京ダックを食べた。中国ざんまい。
金曜日はイギリスの文化省に行って、オリンピック担当大臣の個人補佐官に2012年のオリンピックにむけてロンドンの中華街を改造する話を売り込む。夜はThe Prince's Drawing SchoolのディレクターであるCatherineに招かれて、Kilburn Laneの彼女の自宅で、詩人や国会議員の妻や落ちぶれたイギリスの貴族夫人らと食事した。キャサリン自身もロシア皇族の末裔なのだけれど、実に質素なアパートに暮らしていて、いかにも没落した貴族皇族の会合だった(みんな異常に文化的素養はある)。
土曜日はファッション・デザイナーの友人Yulinと待ち合わせをしてV&A Museumの帽子の展覧会を観る。その後ロシアの服飾展とジュエリー展を観て、またChina Tang(at the Dorcheste)で飲茶。午後はHistorianのKatherineとBankerのNickカップルとTate Modernで落ち合って、ロシア構造主義展、ロニ・ホーン展を観た。(ロニ・ホーン素晴らしいです)夜は、Tesco(大型スーパー)に行って外人買い(食品大量買い)して、Aと家でピザを焼いて映画を観た。
そんな感じ。
den 01.03.2009 edit
一巡してまた日曜日の朝。先週を振り返ってみる。「日記」ならぬ「週記」は合理的なだけでなく、自分の置かれている状況の全体像がみえてなかなかいいかもしれない。
月曜日はフランスのビザを取得しに朝からSouth Kensington駅前の領事館へ行ったのだけれど、ビザを取得する手間は、第三国の出身者にしかきっとわからないのでちょっと説明しておく。たった二日間パリに行くだけで実にいろいろ書類(在職証明、休暇証明、銀行残高証明、招待状(受け入れ証明)、ホテル予約証明、航空券、旅行保険証・・・等々)が要る。そして電話で面接時間の予約をするのだが、1分1ポンドという、テレクラのような料金を取られる。自動応答の録音で20分以上にわたって説明を聞かされ、"For marriage with a EU national within the last 6 months, please press 1"...と延々と続き、"For visa application, please press 9"に到達までにキレそうになる。そうした一連の準備をその前の週にして、月曜日はいよいよ面接の日だったわけだが、予約の時間に領事館に行くと既に100人くらい並んでいる。しかも黒人とヒスパニックとアジア人しかいない。道行く白人に軽蔑の眼差しを向けられながら、外に一時間待たされ、さらに暗い牢獄の通路のようなところを通って荷物検査され、それからまた30分以上地下の扉の前で待機。やっと部屋に入ったかと思ったら申請料金を支払うだけで、そこから面接官に会うまでにさらに一時間待たされる。結局、朝の8時半に行って出て来られたのは正午だった・・・。ああ、国籍変えたい。
火曜日はアンティーク・マーケットに行く予定だったが、上記の通り来週末にパリへ行くことになったので、骨董品資金をそれまで温存する。
水曜日はLady Rothermereのところでランチに招かれ、中国や韓国や日本のこと、彼女の生い立ちのことについて三時間以上話した。実に波瀾万丈な人生で勇気を与えられる。午後はシャンパンの酔いが消えないまま中国大使館の参事官と会議・・・逆にうまくいったかも。
木曜日は午前中映画監督のAndreと紫禁城の映画試写会について話し合い、午後は建築基金会のHooperとHankと再来週からの中国出張について打ち合わせ。夜はfloristのテルミさん誘ってDorchesterのChina Tangで北京ダックを食べた。中国ざんまい。
金曜日はイギリスの文化省に行って、オリンピック担当大臣の個人補佐官に2012年のオリンピックにむけてロンドンの中華街を改造する話を売り込む。夜はThe Prince's Drawing SchoolのディレクターであるCatherineに招かれて、Kilburn Laneの彼女の自宅で、詩人や国会議員の妻や落ちぶれたイギリスの貴族夫人らと食事した。キャサリン自身もロシア皇族の末裔なのだけれど、実に質素なアパートに暮らしていて、いかにも没落した貴族皇族の会合だった(みんな異常に文化的素養はある)。
土曜日はファッション・デザイナーの友人Yulinと待ち合わせをしてV&A Museumの帽子の展覧会を観る。その後ロシアの服飾展とジュエリー展を観て、またChina Tang(at the Dorcheste)で飲茶。午後はHistorianのKatherineとBankerのNickカップルとTate Modernで落ち合って、ロシア構造主義展、ロニ・ホーン展を観た。(ロニ・ホーン素晴らしいです)夜は、Tesco(大型スーパー)に行って外人買い(食品大量買い)して、Aと家でピザを焼いて映画を観た。
そんな感じ。