それでもまだ英国 -
ずいぶんつまらないことを書いたな〜と前回更新してすぐに後悔したが、まあそれはそれでいいので放っておいた。
最近、ますます他人の評価が気にならなくなっている。というか、気になる他人がますます限られてきている。ほとんどの場合は、自分自身のクライテリアのほうが厳しいので、自分が本当に納得できることをだけ怠らずにやっていれば、特に問題はないだろうと思う。
PCFCの北京事務所を無事に立ち上げて、僕の役割は一段落した。これからはチームワークになる分、他のことにも集中力を向かれるようになる。
本当にあと5年もイギリスにいるのが正しいのかわからなくなってきているが、逆にこの5年間をもっと有効に過ごせる「場所」があるわけでもない。問題は時間の使い方なのであって、どこにいるかは正直あまり関係のない言い訳にすぎない。
慎独、最近またこの言葉の重みを考え直している。あるべきすがたの人間とあるがままの人間・・・やはり認識できる限りのexcellenceを尽くすのが「善」だろう。そういう意味では、イギリスは常にプラグマティズムを推奨する国で、僕はこの国のそんなところが一番好きだ。懐疑や悲観に落ち入るのは簡単なことなのだ。
常に大きな夢をもち、ゲームのルールをつくり、そこに到達する戦略を立てること。この国の様々な業績をみると、人類の偉大さに励まされる。大英帝国は結果であって理由ではない。
den 28.10.2009 edit
ずいぶんつまらないことを書いたな〜と前回更新してすぐに後悔したが、まあそれはそれでいいので放っておいた。
最近、ますます他人の評価が気にならなくなっている。というか、気になる他人がますます限られてきている。ほとんどの場合は、自分自身のクライテリアのほうが厳しいので、自分が本当に納得できることをだけ怠らずにやっていれば、特に問題はないだろうと思う。
PCFCの北京事務所を無事に立ち上げて、僕の役割は一段落した。これからはチームワークになる分、他のことにも集中力を向かれるようになる。
本当にあと5年もイギリスにいるのが正しいのかわからなくなってきているが、逆にこの5年間をもっと有効に過ごせる「場所」があるわけでもない。問題は時間の使い方なのであって、どこにいるかは正直あまり関係のない言い訳にすぎない。
慎独、最近またこの言葉の重みを考え直している。あるべきすがたの人間とあるがままの人間・・・やはり認識できる限りのexcellenceを尽くすのが「善」だろう。そういう意味では、イギリスは常にプラグマティズムを推奨する国で、僕はこの国のそんなところが一番好きだ。懐疑や悲観に落ち入るのは簡単なことなのだ。
常に大きな夢をもち、ゲームのルールをつくり、そこに到達する戦略を立てること。この国の様々な業績をみると、人類の偉大さに励まされる。大英帝国は結果であって理由ではない。
キャピタルの必要性 -
死を意識しながら生きると、自分はなんと愚かしいことに時間を無駄に費やしているのだろうとつくづく思う。しかしながらそれは生の世界が延々とつづいていくを前提とした場合の話だ。「世界」が自分の死で消滅するとしたら、この瞬間をどうゆうふうに過ごすのが「意義深い」のか。世界が消滅するとしたら俗世のルールなんて愚かしくて、罪を犯してでも快楽に走るか、永遠の命(真理)を求めて旅人になるか、或いは絶望して森へ入るか死ぬかしかない(極論すれば)。
そこで金というものを考える。金、ニュートラルな権力としてしがらみのないキャッシュ。権力への意志が人間の最後にして根源なる野望だとしたら、誰にも勝るもの、足りない能力を補うもの、尽きぬ自信の源として、金は魅力的だ。金があれば、犯罪を犯すこともできる(ヽヽヽ)し、快楽も手に入るし、森にも入れるしー生年病死の絶対苦を減少させることができるのはまちがいない。
こういう考えを堕落だと責めるのは簡単だが、"come one! be honest! 僕らは聖人じゃないし、聖人がどれだけ素晴らしいのかもわからない"という声が聞こえてくる。ギラギラ生きて(でも品よく)、あっけなく死ぬ。或いは苦しんで死ぬ。それは、あらゆる間違いやトラブルを避けようとする潔癖の引きこもりよりは、まともな人間としてするべきことではないだろうか。
繰り返すが、品よくギラギラ生きる。(それをやってのけているのがDTである。)
den 15.10.2009 edit
死を意識しながら生きると、自分はなんと愚かしいことに時間を無駄に費やしているのだろうとつくづく思う。しかしながらそれは生の世界が延々とつづいていくを前提とした場合の話だ。「世界」が自分の死で消滅するとしたら、この瞬間をどうゆうふうに過ごすのが「意義深い」のか。世界が消滅するとしたら俗世のルールなんて愚かしくて、罪を犯してでも快楽に走るか、永遠の命(真理)を求めて旅人になるか、或いは絶望して森へ入るか死ぬかしかない(極論すれば)。
そこで金というものを考える。金、ニュートラルな権力としてしがらみのないキャッシュ。権力への意志が人間の最後にして根源なる野望だとしたら、誰にも勝るもの、足りない能力を補うもの、尽きぬ自信の源として、金は魅力的だ。金があれば、犯罪を犯すこともできる(ヽヽヽ)し、快楽も手に入るし、森にも入れるしー生年病死の絶対苦を減少させることができるのはまちがいない。
こういう考えを堕落だと責めるのは簡単だが、"come one! be honest! 僕らは聖人じゃないし、聖人がどれだけ素晴らしいのかもわからない"という声が聞こえてくる。ギラギラ生きて(でも品よく)、あっけなく死ぬ。或いは苦しんで死ぬ。それは、あらゆる間違いやトラブルを避けようとする潔癖の引きこもりよりは、まともな人間としてするべきことではないだろうか。
繰り返すが、品よくギラギラ生きる。(それをやってのけているのがDTである。)
香港 -
香港に来ている。街と不思議な一体感がある。巨大な生命体のなかに、血管があり、道路があり、血液がながれ、金がながれ、様々な機能(臓器)が存在しているようだ。人々は街のなかに流れ、暮らし、全体のために働いている。そこに個人の目的なんてものはまるでないようだ。稼ぎ、消費し、効率を上げる。食べて、交わって、子孫を残し、個体は死んでゆく。生きていくのはこの街だけだ。
den 12.10.2009 edit
香港に来ている。街と不思議な一体感がある。巨大な生命体のなかに、血管があり、道路があり、血液がながれ、金がながれ、様々な機能(臓器)が存在しているようだ。人々は街のなかに流れ、暮らし、全体のために働いている。そこに個人の目的なんてものはまるでないようだ。稼ぎ、消費し、効率を上げる。食べて、交わって、子孫を残し、個体は死んでゆく。生きていくのはこの街だけだ。